バッテリー・ディケイド その2——蓄電池が電力市場を変える

前号では、蓄電池の価格革命がどこまで進んだかを、コストデータと三市場(EV・電力貯蔵用蓄電池〈BESS〉・家庭用)の同時爆発という切り口で確認した。今号では、その三市場のうち系統用の大規模BESSに絞り込み、それが電力市場そのものをどう作り替えつつあるかを見ていく。中心にある問いは一つだ——「蓄電池は再エネの不安定性を解決するか」という、よく見かける問いの立て方そのものが、実はすでに古い。
飯田哲也(イイダテツナリ) 2026.07.20
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【本号の要旨】

本論では、バッテリー・ディケイドの第2弾として、系統用蓄電池(グリッドBESS)が電力市場そのものをどう作り替えつつあるかを論じる。「蓄電池は再エネの不安定性を解決するか」というよく見る問いの立て方そのものがすでに古い——正しい問いは「どの時間幅で、いくらまでなら解決するか」という動画としての問いだ。米国(FERC Order 841という制度的土台)・豪州(Hornsdaleの世界初慣性サービスとRCM容量メカニズム)・英国(Stability Pathfinderでの成功と商業入札での全滅という逆説)・スペイン(大規模停電後の導入加速)・ドイツ(接続申請270GWの滞留)という現場を横断し、対照的な日本の姿を描く。日本のグリッドBESSは投資申込みの過熱と実際の連系実績の間に約270倍もの乖離を残し、容量市場(既存電源温存装置として機能)と需給調整市場(上限価格19.51円→7.21円への引き下げ案)という二重の制度的壁に直面している。LCOSの国際比較からこの乖離が技術ではなく制度設計の問題であることを示し、次号(7/27号、バッテリー・ディケイドその3)でのV2G・モビリティ論への橋渡しとする。

喫茶去では「始まりの地」を。ガレージから巨大企業になったApple・Google、インターネットやAIの始まりに居合わせた者たちが持つという、全体像を見通す感覚——それを、四谷の片隅にあった、今はもう無い古びたビルの4階から始まったISEPの歳月に重ねて記す。

奥の間「文明の燭洞幾」では「電力市場という設計物——電力市場の政治哲学」を論じる。前号(7/13号)の「制度束」フレームを電力市場そのものに折り返し、槇文彦の「奥」の空間論・青木昌彦の制度的補完性・ラングドン・ウィナーの技術政治性論を接続して、容量メカニズム・系統アクセス・需給調整市場という5層構造を解剖する。米国の無差別アクセス・欧州の再エネ優先接続・日本の「保護から選別へ」という3類型比較と、容量市場の「技術中立性」が既存電源の既得権を隠蔽してきたパラドックスを描き、本論が示す蓄電池の接続実績データを、系統アクセスの政治性という視点から読み解き直す。

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【本論】

1. BESSが「系統の安定材」になる条件

カリフォルニア「解決するか、しないか」という二択の問いは、技術を静止画として見る発想だ。正しい問いの立て方は「どの時間幅で、いくらまでなら解決するか」という、動画としての問いになる

現在主流のグリッドBESSは4時間持続(4-hour duration)が標準だ。太陽光の余剰を昼間に吸収し、夕方のピーク需要期に放出する——この4時間という時間幅が、いま最もコスト効率の良い設計点になっている。BNEFの見通しでは、2028年までに新設されるグリッドBESSの容量(GWh)の約8割は、なお6時間未満の短時間型が占める[R1]。長時間蓄電(LDES)はまだ主役ではない。だが後半には、6〜8時間級の長時間BESSが実証段階から商用段階へ移りつつある。LDES Councilの試算では、2030年までに世界で980GWの長時間蓄電導入が脱炭素目標の達成に必要とされている[R2]——「4時間で足りるか」という問いは、すでに「次は何時間か」という問いに移行しつつある。

BNEF "Energy Storage Enters the 100-Gigawatt Era: Three Things to Know" May 7, 2026

BNEF "Energy Storage Enters the 100-Gigawatt Era: Three Things to Know" May 7, 2026

この時間幅の拡大がそのまま、「再エネの不安定性をどこまで解決できるか」という問いへの答えになる。4時間BESSは日々の昼夜間の変動を吸収できるが、数日にわたる曇天・無風といった変動には対応できない。したがって、BESSの普及がそのまま「再エネは安定した」という結論を導くわけではない——どの時間幅の変動を、どのコストで、どこまで吸収するかという設計問題として、この問いは今後も更新され続ける。

言い換えれば、蓄電池の役割は固定された一つの答えではなく、コスト曲線が下がるたびに更新される可動式の答えだ。2020年代前半には「4時間BESSは高すぎて採算が合わない」という懐疑が一般的だったが、前号で見た価格下落によって、この懐疑はすでに過去のものになった。同じことが、この先6時間・8時間・さらに長い時間幅についても順に起きていく——懐疑が塗り替えられる速度そのものが、蓄電池産業の実力を測る指標になる

2. 三つの市場での展開——現場から見る「時間幅」の実装

この設計問題を、いくつかの現場で具体的に見ておきたい。

米国市場が世界をリードする原動力になったのは、実は技術でも資金力でもなく、2018年2月に連邦エネルギー規制委員会(FERC)が発した一枚の規則だった。「Order No. 841」は、地域送電機関(RTO)・独立系統運用機関(ISO)に対し、蓄電池が容量・電力量・アンシラリーサービスという卸電力市場のすべての商品に、供給側としても需要側としても参加できるよう市場ルールを改定することを義務づけた[R3]。それ以前の市場ルールは、火力や原子力といった従来型の発電機を前提に設計されており、「充電もできれば放電もできる」という蓄電池特有の性質を評価する仕組みがそもそも存在しなかった。最小規模要件を100kWに抑え、蓄電池が卸市場価格を売り手としても買い手としても形成できるようにしたこの規則は、市場という土俵そのものを蓄電池向けに作り替えた——技術の進歩を待たずに、制度の側が先に動いた事例だ。

オーストラリアは、世界最大級のBESS群——2017年稼働のHornsdale Power Reserveに始まる一連のプロジェクト[R4]——を通じて、周波数調整というグリッドBESSの地味だが収益性の高い用途を、10年近くかけて実証してきた市場だ。

Hornsdale Power Reserve  by Neoen

Hornsdale Power Reserve by Neoen

系統の周波数を数秒単位で安定させるこの用途は、4時間BESSの中でもごく短い時間幅の放電で完結するため、初期のグリッドBESS投資が最初に収益を上げる入り口として機能した。この周波数調整の実績の延長線上で、Hornsdaleは2022年7月、豪州エネルギー市場運用機関(AEMO)の承認を得て、テスラの「バーチャル・マシン・モード」技術(GFMインバータの一種)により世界で初めてグリッドスケールの慣性サービスを提供するバッテリーとなった[R5]。ただし、この慣性提供に対価を支払う正式な市場は当時まだ存在せず、南オーストラリア州政府・ARENA・CEFCといった政府系機関からの助成金で費用が賄われていた——慣性の技術的な実装で世界に先駆けたことと、それを補助金に頼らない市場として制度化することは別の課題だという教訓を、この号の後半で見る英国の事例と対比しながら確認できる。オーストラリアの制度が興味深いのは、この周波数調整サービスに加えて、将来の供給力を確保する仕組み——「容量メカニズム」と総称される制度群——そのものを蓄電池優位に作り替えようとしている点だ。容量メカニズムには複数の型があり、日本や米国PJMのようにオークションで価格そのものを発見させる「容量市場」型もあれば、規制機関が価格の目安を先に定め、それに沿って数量が決まっていく型もある。西オーストラリア州が運用する「予備力確保制度(Reserve Capacity Mechanism、RCM)」は後者に近く、規制機関ERAがベンチマーク価格を毎年設定する仕組みだが、対外的には「オーストラリア唯一の容量市場」と評価されるだけの競争性を備えている。このRCMのもとで、予備力対価は2027〜28年度までにMW当たり23万4,000米ドル相当(約3,800万円)まで段階的に引き上げられる方針が示されており[R6]、これはガス火力の新設コストと比較しても、蓄電池にはっきりと有利な水準に設定されている——容量メカニズムという制度そのものを「既存電源の温存装置」ではなく「新規参入を呼び込む装置」として設計し直した実例になる(この設計思想の違いは、後段の「日本の制度的な二重の壁」で対比的に扱う)。オーストラリアはさらに、系統用だけでなく住宅用蓄電池を束ねたVPP(仮想発電所)でも先頭を走る。政府の30%割引プログラムにより、1年に満たない期間で43万台の住宅用蓄電池が導入され、2030年までに200万台への拡大が見込まれている——個々の家庭は年間80〜1,600豪ドルの収益を得る一方、系統運用者は新規発電所・送電線の建設を回避できる、双方向の利益構造ができつつある[R7]。

スペインは、2025年4月の大規模停電——本連載でも近いうちに「脆弱性の設計哲学」として別稿で扱う予定のテーマだ——以降、系統安定化のための大規模蓄電導入を加速させている[R8]。ただし原因を単純化しすぎないよう注意したい。スペイン政府・系統運用者REEに対する公式調査が指摘したのは、必要な火力発電量の見積もり誤り、動的電圧制御の不足、電圧調整を担うべき発電所側の対応不全という複合的な要因であり、「Grid-Forming機能の不足が停電を引き起こした」という単線的な説明ではない[R9]。とはいえ、太陽光・風力といったインバータ由来の電源の比率が上がるほど、系統が本来持っていた回転する重さ(同期発電機の慣性)に相当するものが失われ、系統が乱れに弱くなるという物理的な構造そのものは変わらない。この物理的な弱さを埋め合わせる装置として、グリッドBESSは単なる「電気の貯蔵庫」から「系統の重さの代替品」へと役割を広げつつある。

バッテリーによる慣性提供という技術そのものは、前段で見たとおりオーストラリアのHornsdaleが2022年に世界で初めて実装した。だが、この慣性提供を補助金に頼らない有料の市場・契約として制度化しようとしているのが英国だ。国家送電システム運用者(当時はNational Grid ESO、現NESO)は2020年から「Stability Pathfinder」という先行入札制度を通じて、慣性・短絡容量(Short Circuit Level)の市場調達を試みてきた。2022年に結果が公表されたフェーズ2では、スコットランド地方の系統安定化を目的に総額3億2,300万ポンド(約665億円)・10件の契約が締結され、調達された6.75GVA・sの慣性と11.55GVAの短絡容量のうち、初めて調達対象に加わったグリッドフォーミング(GFM)型BESSが実に半数の5件を占めた——残る5件は同期調相機だった[R10]。BESSデベロッパーのZenobëはBlackhillock(200MW)ほか複数の大型GFM案件を連続受注し、2025年3月には世界初とされる大規模GFM型BESSとして商用運転を開始した[R11]。

もっとも、この成功が示すのは「実証段階」の話にすぎない。実証から本格商業市場への移行局面で、事態は一変した。2026年3月に結果が公表された商業入札「Stability Market Round 2」(2026年10月〜2027年9月受渡分)では、応募したBESS案件がすべて技術審査の段階で落選し、7.3GVAの慣性契約は同期調相機とガスタービンに独占された——Pathfinderフェーズ2ですでに実績を積んでいた案件すら選から漏れるという逆説的な結果だった[R12]。市場分析会社Modo Energyの指摘では、主因はRound 2で新たに導入された「固定H定数(fixed H constants)」という要件にある。同期調相機やガスタービンにとって慣性定数が物理的に一定であることは自明だが、ソフトウェア制御によって動的に慣性を作り出すGFM型BESSにとって、あらゆる系統条件下で数値を厳密に固定し続けることは、その最大の強みである柔軟性を封じることに等しい[R12]。「実証できる」と「商業入札で選ばれる」の間のこの距離は、6月15日号でカリフォルニアのV2G実証(PG&Eの参加率が登録EV台数の0.2〜0.3%にとどまった事例)について見た「できる」と「できている」の差と同型だ。

先行事業者Zenobëでさえ、安定性契約が蓄電池サイト収益全体に占める割合は1割程度にとどまるという[R13]。GFMは、容量市場・エネルギー裁定取引・周波数調整という既存の3本柱に次ぐ「第四の収益源」になりうる有望株ではあるが、2026年時点ではまだそれを補完する域を出ていない。

制度化という点では、技術で世界に先駆けたオーストラリアの方が、むしろ英国の後を追っている。豪州エネルギー市場委員会(AEMC)は2018年、慣性の市場メカニズム導入を「時期尚早」として一度見送り、2024年になってようやく緊急時の「最後の手段」的調達枠組み(NSCAS)に慣性を組み込んだ段階にとどまる——さらに2025年にも、費用便益の観点から本格的なスポット市場の導入を再び見送っている[R14]。技術の実装で世界に先駆けたオーストラリアが、制度化では英国にも後れを取るという逆転が起きている——この号を通じて繰り返し現れる「できる」と「できている」の差の、もう一つの変奏だ。

同じ欧州でも、ドイツは別の壁にぶつかっている。大規模蓄電池プロジェクトへの系統接続申請が長らく「先着順」で処理されてきた結果、開発者が実際にどれだけの容量が確保できるか見極められないまま申請を乱発する事態が生じ、2025年第3四半期末時点で、4つの送電事業者(TSO)に対して合計約270GWという接続要求が積み上がった[R15]。欧州全体では今後5年で蓄電池容量を現状の77GWhから750GWhへ、約10倍に拡大する必要があるとされる一方、投資はギリシャ(IRR13%超)・ポーランド・イタリアといった収益性の高い新興市場へとシフトしつつあり、送電網の制約と投機的な接続申請のパイプラインそのものが、事業化の最大のボトルネックになっている[R15]。日本で後述する「空押さえ」問題と、性質は違えど同じ根——申請と実態の乖離——を持つ現象が、欧州の先進国でも起きている。

カリフォルニアでは、夕方に太陽光発電が急減し需要が増える「ダックカーブ」問題に対して、系統用蓄電池が実際に放電曲線を平準化しつつある。

CAISO "the ‘duck curve" from  Gabe Murtaugh. "Storage surpasses 5,000 MW on the CAISO grid" 07/13/2023

CAISO "the ‘duck curve" from Gabe Murtaugh. "Storage surpasses 5,000 MW on the CAISO grid" 07/13/2023

この州はすでに、他のどの地域よりも長くBESSを大量導入運用してきた実績を持ち、2025年末時点の累積導入量は59.8GWhに達する[R16]。興味深いのは、単年の新規導入規模ではテキサスがすでにカリフォルニアを上回っていることだ——2025年、テキサスは単年のGW導入量でカリフォルニアを追い越した。米国全体では2025年に28GW/57GWhの電池が新たに導入され、前年比29%増だった[R16]。「規制州カリフォルニア」対「市場州テキサス」という対照的な制度環境の両方でグリッドBESSが同時に伸びているという事実は、蓄電池の普及がどちらか一方の制度モデルに依存しているわけではないことを示している——価格シグナルが機能する自由市場でも、系統運用者が計画的に調達する規制市場でも、Order 841という土台の上で、蓄電池は自らの居場所を見つけている。

3. 容量市場 vs グリッドBESS——日本の制度的な二重の壁

この3つの現場と対照的なのが、日本の状況だ。日本のグリッドBESSは、投資意欲という点ではむしろ過熱している。

その前提として、蓄電池が法制度の上でどう扱われてきたかを押さえておきたい。2022年の電気事業法改正で初めて、出力1万kW(10MW)以上の系統用蓄電池から系統へ放電する事業が「発電事業」として法的に定義され、発電事業の届出・登録が義務づけられた——それまで蓄電池には、発電設備としての法的な位置づけそのものが存在しなかった。規模に応じて課される規制も細かい。50kW未満(低圧)はほぼ規制の外にあるが、50kW〜1MW未満(高圧)になると電気主任技術者の選任・保安規程の届出が必要になり、1MW以上(特高等)ではさらに工事計画届出・定期点検記録までが義務化される。加えて、コンテナ型の大型蓄電池設備は建築基準法上「工作物」または「建築物」として扱われ、用途地域による設置制限も受ける——蓄電池は電気の設備であると同時に、土地利用規制の対象でもあるという、他の発電設備にはあまりない二重性を背負っている。

日本の系統用蓄電池は、この投資熱の強さそのものが、制度の追いつかなさを裏返しに証明している。資源エネルギー庁の全国集計で確認できる最新値は2025年12月末時点で、接続検討受付は約1.72億kW(172GW、日本の発電設備容量見通し約327GWの半分強に相当)、契約申込み受付は約3,000万kW(30GW)に達した一方、実際に系統連系が完了した容量はわずか約64万kW(0.64GW)にとどまる——受付と実績の間には、なお約270倍の開きが残っている[R17]。

この開きは、この1年で縮小してきた。2025年3月末時点(接続検討受付約113GW・契約申込み約12GW・連系済み約23万kW)の開きは約490倍[R18]、6月末(143GW・572倍)、9月末(159GW・318倍)と推移し、12月末に約270倍まで下がった。ただし縮小の主因は「連系が進んだから」というより、案件パイプラインの膨張に規律強化がようやく追いつき始めたことにある——この9カ月で連系済み容量は約2.8倍に増えたが、接続検討受付そのものも約52%膨らんでおり、依然として異常な水準であることに変わりはない。

この乖離の背景には、手続段階の異なる2つの問題がある。接続検討の段階では、大量の申込みそのものが一般送配電事業者の審査リソースを圧迫し、回答・受付の長期化を招いている。契約申込みの段階では、事業実体の薄い案件が系統容量の枠だけを先取りする「空押さえ」が起きている——防災公園や他人の建物がある土地、地目上転用不可能な場所への申込みが投機的に積み上がる一方、本気で事業化を進める事業者の接続検討まで渋滞に巻き込まれる構図だ。

経産省は2026年に入り、この2つの問題それぞれに規律強化を進めている。1月5日からは、接続検討申込み・契約申込みの受付案件に「土地調査結果」の提出を要件化した——登記・所有者・地目・地権者との協議状況等を記載する様式6が対象で、この段階では土地の使用権原そのものを証する契約書等の添付は原則任意にとどまる[R19]。より厳格な規律は10月1日に予定されている——契約申込みを受け付けた非FIT・非FIP案件について、原則として連系承諾後2カ月以内に、登記簿謄本や賃貸借契約書など使用権原を実際に証明する書類の提出を求める制度だ[R20]。加えて4月には契約申込み時の保証金を工事費負担金概算の5%から10%へ引き上げ、分割払いの初回最低支払いを50%以上に厳格化し[R21]、8月からは一事業者あたりの接続検討処理件数にエリア別の上限(東京11件・関西12件、北海道・北陸・中国・四国は5件など)を導入する予定だ[R20]。

より構造的な壁は、日本の容量市場そのものにある。容量メカニズムは本来、将来の供給力を確保するための仕組み全般を指す言葉で、日本はそのうちオークションで価格を発見させる「容量市場」型を採用している。だがこの日本の容量市場は、既存の火力・原子力電源に長期の収入を保証する設計になっているため、結果として「既存電源の温存装置」として機能してしまっている——新規参入するグリッドBESSにとっては、収益の柱の一つであるはずの容量市場が、必ずしも参入を後押しする形で設計されていない。

蓄電池が実際にこの容量市場にどう組み込まれているかを見ると、この構造がより具体的に見えてくる。2023年度から3年間、政府は「長期脱炭素電源オークション」として合計1,000万kWの募集枠を設定した——2023年度600万kW、2024年度224万kW、2025年度293万kWという内訳だ。落札から原則8年以内の運転開始を条件に、20年間の固定的な容量収入を国が保証するこの制度に、水素・アンモニア混焼火力や揚水発電、新規の再エネ・原子力と並んで系統用蓄電池も対象電源として組み込まれている。初回(2023年度)のオークションでは、落札総量約426.1万kWのうち、リチウムイオン電池・揚水リプレース案件が81.9万kW、リチウムイオン以外の蓄電池・LDESが88.6万kWを占め、他市場収益の約9割を還付する設計が示された。2024年度のオークションでは蓄電池単体で1.3GW強という大規模な落札が成立し、新興電力事業者のしろくま電力が5件・開発総容量11.4GWhを落札するなど、新旧のプレイヤーが入り乱れる開発競争が起きている[R22]。制度が完全に無風だったわけではない——ただし、この制度の基本設計が依然として既存の火力・原子力の維持・改修を主眼に据えたまま蓄電池を後から組み込む形になっており、新規参入するグリッドBESSを主体に据えた設計には至っていない。

オーストラリア・西オーストラリア州がRCM(予備力確保制度)の対価を蓄電池に有利な水準まで引き上げているのとは対照的に、日本の容量市場は「供給力さえ確保できれば電源の種類は問わない」という技術中立の建て付けを取りながら、実際には既存電源が有利な形で制度が積み上がってきた経緯がある。容量メカニズムという仕組みそのものが悪いわけではない——問題は、市場を設計する時点で「新しい電源をどう呼び込むか」ではなく「既存の電源をどう存続させるか」という発想が先に立ったことにある。

もう一つの壁が、需給調整市場という「ΔkW価値」を扱う市場の未成熟だ。2026年3月から、この市場の取引が従来の週間単位から30分単位・前日取引へと移行し、応答速度の速い蓄電池にとって理論上は有利な環境が整いつつある。しかし同じ2026年4月、対象商品の上限価格が現行の19.51円から15円へ引き下げられ、募集量も3σ相当量から1σ相当量へと絞り込まれた結果、東京・中部エリアでは応札量が募集量に届かず約定量がほぼゼロになる日すら生じている——制度が蓄電池に向いてきた矢先に、価格上限という別の壁が収益性を圧迫する。さらに事業者にとって重い影を落としているのが、上限価格を将来的に7.21円まで引き下げるという政府内の将来案だ。市場関係者の間では「7円ショック」と呼ばれ、この水準が現実になれば需給調整市場だけに依存する単一市場モデルは成立しなくなる。容量市場・需給調整市場という2つの市場が、それぞれ別の理由でグリッドBESSの参入を難しくしている二重の壁——これが日本の実情だ。

4. コスト計算——LCOSで見る蓄電池の経済性

蓄電池の経済性を測る基準がLCOS(均等化貯蔵原価、1MWhを移動させるのに必要なコスト)だ。Emberが2025年10月に世界の入札事例(イタリア・サウジアラビア・インド等)を分析した結果では、長時間・系統接続型BESSの全体設備投資(capex)は1kWhあたり125ドル(約2万400円、うち中国製の中核設備が75ドル、設置・接続費用が50ドル)、そこから導かれるLCOSは65ドル/MWhだった[R23]。これは、太陽光発電の半分を夜間にシフトさせるコストが、太陽光の発電コストにわずか33ドル/MWh程度しか上乗せしないことを意味する——系統用蓄電池はもはや「高価な付加設備」ではなく、太陽光の経済性を大きく損なわない「標準装備」になりつつある

Ember "How cheap is battery storage?" 11 Dec 2025

Ember "How cheap is battery storage?" 11 Dec 2025

国ごとの制度差も大きい。英国では、卸市場の値差取引に加えて、2026年に792時間ものマイナス価格帯が見込まれるほど太陽光・風力の変動が激しくなっており、蓄電池による裁定取引の収益機会がむしろ拡大している——2時間定格BESSの英国全体平均収益は2026年4月までの12ヶ月間で7万3,145ポンド/MW/年(約1,510万円)に達し、参加戦略次第では投資回収率12%程度も視野に入るとされる[R24][R25]。オーストラリアの西オーストラリア州は、RCM(予備力確保制度)の対価を2027〜28年度までにMW当たり23万4,000米ドル相当まで引き上げる方針で、ガス火力に対する蓄電池の経済的優位を政策的に後押ししている。サウジアラビアでは、大型LFPセルを使った入札で1kWhあたり73〜75ドル(約1万2,000円)という世界最安値圏の記録が出ており、2030年までに48GWhの導入を目指している[R26]。

日本の数字は、これらと比較する形でしか意味を持たない。資源エネルギー庁の整理では、初期投資単価1kWhあたり6万円(約370ドル、1米ドル=163円換算)程度の系統用蓄電池について、卸市場の値差だけを主収益源とするアービトラージ主体モデルの20年IRRは、値差4.45円/kWhの前提で-8.1%、10.61円/kWhで-0.7%、17.54円/kWhでようやく4.2%という試算が示されている[R27]。卸市場の値差だけでは、よほど値差が開かない限り採算が成立しないということだ。

このIRRの低さは、事業者の運用スキル以前に、日本の市場制度そのものに埋め込まれた天井による部分が大きい。日本卸電力取引所(JEPX)の前日スポット市場では、入札価格の下限値が0.01円/kWhに固定されており、太陽光の出力抑制が生じるような極端な供給過剰時でも約定価格はこの下限に張り付くだけで、マイナス価格にはならない——太陽光発電協会(JPEA)が2023年2月、内閣府・資源エネルギー庁向けの提言資料でこの制度設計を明示している[R28]。これに対し英国では、ロンドン証券取引所グループ(LSEG)の予測によれば前日市場でゼロ・マイナス価格となる時間が2024年の176時間から2026年には792時間へと急増する見込みで、2時間定格BESSの英国全体平均収益は2026年4月までの12ヶ月間で7万3,145ポンド/MW/年(約1,510万円)に達している[R25]。英国の蓄電池は「安く買って高く売る」だけでなく「マイナス価格で対価を受け取りながら仕入れる」という追い風を得られるのに対し、日本の蓄電池は供給過剰時でも仕入れコストが「ほぼゼロに近づく」だけにとどまる——値差の下半分のポテンシャルが、制度によってあらかじめ切り捨てられている格好だ。事業者の腕前やAI予測アルゴリズムの巧拙より先に、この価格制度の非対称性がIRRの上値を重くしている。

実務では、卸市場・容量市場・需給調整市場という3つの市場からの収益を組み合わせる「レベニュー・スタッキング」が前提とされており、需給調整市場からの収入をどこまで安定的に見込めるかが採算の分水嶺になる[R29]。前段で見たとおり、その需給調整市場の上限価格が2026年4月に半減したという事実は、この採算構造にとって軽くない逆風だ。

5. 日本のグリッドBESS——現状と制度的障壁

投資申込の急増と、実際の事業化の間には、大きな距離がある。2025年9月末時点の契約申込みは約2,400万kW(24GW)で前年比3.9倍という伸びを見せている一方、系統への接続そのものが混雑によって長期化しており、18ヶ月から2年以上を要するケースも珍しくない。接続検討の受付件数で見ても、2024年度は9,544件と前年度比約6倍に急増した[R21]。加えて、蓄電池特有の課題として「充電側(順潮流側)」の系統容量確保という論点がある——発電設備は電気を系統に流す(逆潮流)だけだが、蓄電池は充電のために電気を系統から引き込む(順潮流)動きも伴うため、系統容量の計算がより複雑になる。この順潮流側にノンファーム型接続(系統増強なしで、混雑時の充電制限を前提に接続を認める仕組み)を導入する検討が進んでいるが、リアルタイム制御による本格運用までには5〜7年を要する見通しだ。

出力抑制との関係も、この制度的な壁の延長線上にある。太陽光の出力制御が常態化しつつある中で、系統用蓄電池はその抑制分を吸収する装置として期待されているが、蓄電池自体の充電が系統混雑によって制約されるという逆説的な状況が生まれつつある——抑制を減らすはずの設備が、抑制と同じ理由で自らも制約を受ける。資源エネルギー庁は2030年時点の系統用蓄電池累計導入量を14.1〜23.8GWhと見込んでいるが[R30]、この数字がどちらの端に近づくかは、技術ではなく、この一連の制度整備の速度にかかっている

もっとも、明るい兆しもある。2026年4月から低圧(50kW未満)の系統用蓄電池も需給調整市場に参加できるようになり、東京ガスが2026年1月に実施した家庭用蓄電池200台超を束ねた低圧VPPの実効性テストは[R31]、2027年4月開始予定の実需給に向けて、分散リソースが国の認める供給力として技術的に確立されつつあることを示した。系統用蓄電池という「大型プラント」の争いから、家庭用蓄電池を束ねた「分散リソース」の争いへ——日本のグリッドBESS市場は、大規模投資の停滞を、小口の積み上げによって補う方向へも動き始めている。東京都が2026年に開始した系統用大規模蓄電池への最大20億円規模の助成事業も、この過渡期を支える一手だ[R32]。

6. 次号への橋渡し

グリッドBESSが広がることは、電力市場の設計そのものを変える動きであると同時に、もう一つの市場——モビリティ——の設計にも波及する。蓄電池を積んで走る数百万台のEVは、止まっている時間の方が長い。オーストラリアが定置型BESSで実証した周波数調整という用途も、英国が示した裁定取引という用途も、理屈の上ではEVの電池でも代替できる——違いは、その電池が「動く」という一点にある。

ただし6月15日号で見たとおり、この「理屈の上では」という留保は軽くない。V2Gには往復変換ロス・対応車種の限定・系統連系契約の壁という現実の摩擦があり、個別乗用車を単位とする限り、その普及は「将来の可能性」にとどまる、というのが現時点での評価だった。前号(6月22日号)で見たテスラ・セミの「デポ充電革命」も、混同しないよう整理しておきたい——デポのメガパックが再エネを蓄電し、夜間に車両群を充電し、昼間のピーク電力をグリッドに戻すという設計は、系統と相互作用する主体があくまで定置型BESS(メガパック)であり、トラック自身のバッテリーが系統に電力を戻しているわけではない。6月15日号の価値序列でいえば、これはV2Gではなく「TOU・スマート充電によるDR」に近い、フリート規模への応用形だ。

真のV2G——車両自身のバッテリーが系統資産として機能する仕組み——の現在地は、個人所有ではなく車両群(フリート)運用モデルの方から動き始めている。中国は2025年、9都市30件の系統接続車両プロジェクトを打ち出したが事業モデルの確立は今後の課題とされ[R33]、オランダでは500台規模のカーシェア車両群がグリッドに電力を戻す実証が進む[R34]——いずれも個人所有の乗用車ではなく、稼働スケジュールを一括管理できる車両群という運用単位だ。次号では、グリッドBESSが切り開いたこの市場設計の延長線上で、V2Gの摩擦が車両群運用モデルや充電規格の進展によってどこまで軽減されつつあるのかを、最前線の技術動向とともに検証していく。

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参考文献

本論で引用・参照した文献の一覧は、別ページ(Google Doc)にまとめています。

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喫茶去|始まりの地

—— 「喫茶去(きっさこ)」——禅語で「まあお茶でも一杯」。本論で固くなった頭へのコーヒーブレイク。エネルギーの話も、無関係な話も、気の向くままに。

新しいことが起きるとき、その始まりの地に居合わせた者は、最初は顔の見える関係でどこで何が起きているかがお互いに分かる。

その後、風船が膨らんでいくように、急激に巨大になってゆくと、もはやどこで何が起きているかの全てを理解することは、もちろんできない。しかし、「始まりの地の人たち」には、大まかに全体像や変化の行く末が分かるものらしい。そう聞いたことがある。

ガレージという始まりの地から巨大企業になったAppleやGoogle。インターネットの始まりの地に居合わせた人たち、そして今まさに急激に発展しているAIの始まりの地に居合わせた人たちも、きっと同じ感覚を抱いているのだろう。

ところで、環境エネルギー政策研究所(ISEP)の始まりの地は、四谷の片隅に建つ、エレベーターもない古びたビルの4階だった。高層ビル新築のために解体されて、今はもう無い。自然エネルギーで政策と地域から変化を起こす独立した非営利の市民に開かれた研究所を創る・・そう覚悟したものの、大企業や大学を離れる不安もあった。それを何名かの仲間や支援者が後押ししてくれた。

そこを拠点に、日本で自然エネルギー政策を立ち上げ、国会や自治体に働きかけ、地域では市民風車や地域エネルギー会社づくりに奔走した。同時に、ヨハネスブルグ環境サミット(2002年)、2004年ドイツの自然エネルギー国際会議、2009年国際再生可能エネルギー機関(IRENA)発足の会議など、海外にも足を運んだ。

いまや、あの頃には想像もできなかったほど、自然エネルギーは、そして今では蓄電池や電気自動車も加わって、途方もなく大きな世界へと広がっている。

その広がりの大きさの全体像が、おぼろげにでも見えるのは、日本の片隅で、その始まりの地の一つに居合わせることができたからなのだろう。

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奥の間:文明の燭洞幾〜電力市場という設計物——電力市場の政治哲学

「燭」はろうそくで暗闇の一点を照らし出すこと。「洞」は穴を貫いて深層を見通すこと。「幾」は『易経』の語で、変化の極めて微かな萌芽——肉眼には見えない転換の兆しを指します。「萌芽を照らし出し、深く貫いて読む」という知的営みを、この場でともに続けていきたいと思っています。

本論(広場)が「何が起きているか(What)」を論じる場だとすれば、奥の間は「なぜそうなのか(Why deeper)」を掘り下げる場です。エネルギー・文明・政治・AI・歴史——これらを縦横に使いながら、現在進行形の転換の深層を透視していきます。

今号の奥の間:電力市場という設計物——電力市場の政治哲学

前号(7/13号)で確立したのは、市場は誰か一人の意志ではなく、規制・標準・認証・インフラ・補助金・税制・公共調達・金融・通商という複数の制度が束ねられて初めて立ち上がる「制度束」だという見方だった。今号では、このフレームを電力市場そのものに折り返す。容量メカニズム・系統・需給調整市場は、天候や地形のように「与件」として存在しているのではない——誰かが意図的に、あるいは意図せずに束ねた制度の産物だ。日本の電力市場改革が「自由化」「競争導入」という語彙で語られるとき、実際に何が設計され、何が設計されずに放置されたのかを、今号では解剖する。

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