バッテリー・ディケイド その5——LFPの技術史——特許の非対称と量産設計が世界標準を生んだ
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【本号の要旨】
本論では、バッテリー・ディケイド第5回として、LFP(リン酸鉄リチウム)が世界標準になるまでの技術史を追う。読字障害を抱えながら97歳でノーベル賞を得たジョン・グッドイナフの1996年発見、A123システムズの2009年上場・2012年破産・中国資本への売却、そして2025年10月に発表され施行1日前の11月7日に凍結された中国の輸出規制まで、「無償ライセンス」という単純な通説では説明できない、特許の非対称・産業政策・量産設計が絡み合う四半世紀を、確認できる事実と未確認の通説を区別しながら辿る。
喫茶去では「祖父の手記と、写真一枚でハワイへ渡った叔母」を。幼い頃に交流のあったハーフのいとこたちと、40年後、講演会のサイン会で再会したことから始まるエッセイである。共通の祖父は旧日本陸軍の軍馬医で、敗戦時に北朝鮮国境から38度線を越えて命からがら日本へ引き揚げた経緯を手記に残していた。山口帰郷後、進駐軍将校と結んだ縁談で、叔母は写真一枚を頼りにハワイへ渡り、そこから今日のいとこ一族が生まれた。戦争は年表の中の歴史ではなく、祖父と叔母が体で刻んだ地図として、いまも続いていると記す。
奥の間「文明の燭洞幾」では「2040年への設計図——AIから超知能、そして人類はどうなるか」を論じる。AI文明を「能力がどこまで速く伸びるか」「その力を誰が所有し目的を決めるか」という二つの主軸と、「誰が変更・停止し異議を申し立てられるか」「利益と損失、結果への責任を誰が引き受けるか」という二つの横断質問で読み解く。予測シナリオ「AI 2027」(著者ココタイロ自身が語る破局確率7割という主観的見積もり)、提言文書「AI 2040: Plan A」(米中協定による検証つき減速と市民配当の試算)、「引き離される側」から書かれた警告シナリオ「Europe 2031」(2031年に米欧の計算資源格差が255.1GW対20.9GWへ拡大するという著者独自推計、日本もこの構造に近いと指摘)、マスクのヒューマノイド経済構想までを比較する。あわせて、ボストロム・テグマーク・髙橋恒一という三つの分類法が、AIの役割、超知能後の社会、複数AI間の力の分布という、それぞれ異なる問いに答えていることを示し、ボストロム自身が1945〜49年の米国核独占をシングルトンの実例に引いていた点を補助線とする。
【本論】
1. 導入——「特許の偶然」では説明がつかない
前号では、CATL・BYD・パナソニックの企業史から、電池競争の勝敗を分けたのは化学系の当たり外れではなく統治構造と供給網の設計だったことを見た。その電池競争の土台にあるのが、正極材料LFP(リン酸鉄リチウム、LiFePO₄)である。低コスト・高い安全性・長寿命を武器に、LFPは2025年、世界で新たに登録されたEVに搭載された電池容量の55%超を占めた。しかしこの材料は「もっとも優れた正極が勝った」歴史ではない[R1]。2000年代の乗用車市場では、より高エネルギー密度のNCA・NMCが前に出ていた。LFPが世界標準級に育った経緯には、材料そのものの優劣よりも、一人の科学者の数奇な経歴、特許の地理、量産プロセスの改良、中国の産業政策、そして車両側の設計革新が幾重にも重なっている。

LFPの中国での成長を、単一の「無償ライセンス」という偶然があったからだと断定するのは早計だ。関連特許の中国での無効化、欧米と異なる権利行使環境、公共車両を起点とする需要政策、材料・セルの量産集積、そしてBYD・CATLによるパック設計革新——これらが重なった結果である。特許は重要な条件のひとつだったが、それだけで覇権を説明することはできない。何が確認できる事実で、何が未確認の通説なのかを、人物史・技術史・特許史・地政学の四つの軸から辿る。

2. ジョン・グッドイナフという人物——読字障害の少年が97歳でノーベル賞を得るまで
LFPを語るなら、まずこの材料を発見した科学者自身の経歴から始めるべきだろう。ジョン・バニスター・グッドイナフ(1922-2023)は、ドイツ・イエナで米国人夫妻の子として生まれた。父はオックスフォードで学ぶ宗教史研究者で、グッドイナフ自身は少年期、当時はほとんど理解されていなかった読字障害(ディスレクシア)を抱えていたと伝えられる[R2]。1943年にイェール大学で数学の学士号を取得したが、これは第二次世界大戦中、米陸軍航空隊の気象士官として従軍しながらのことだった。
戦後、グッドイナフは物理学の道に進もうとするが、周囲からは「物理学者になるには歳を取りすぎている」と言われたという。それでもシカゴ大学で物理学の博士号を取得(1952年)し、MITリンカーン研究所でSAGE防空システム用のRAM(ランダムアクセスメモリ)開発に携わった後、1976年に英オックスフォード大学無機化学研究所の所長に就任する[R2][R3]。
1980年、57歳のグッドイナフは、コバルト酸リチウム(LiCoO₂)を正極とするリチウムイオン電池の原型を開発した。当時のオックスフォード大学はこの発見の特許化を見送り、権利は英国の原子力研究機関に渡ったと伝えられる。後にソニーの吉野彰博士がこれを実用電池として完成させ、1991年に世界初の商用リチウムイオン電池が発売された[R4]。グッドイナフ自身は特許化の機会を逃したこの発明について「金にはさほど関心がなかった」と後年語っている[R4]。
1986年、64歳でテキサス大学オースティン校に移ったグッドイナフは、それから37年にわたって同校で研究を続けた。1996年、当時73〜74歳にして、パディ(Padhi)、ナンジュンダスワミ(Nanjundaswamy)両氏とともにオリビン型リン酸鉄リチウム(LFP)の正極性能を報告し、これが本稿の主題となる材料の起点になる[R5]。
2019年、97歳でノーベル化学賞を受賞し、史上最高齢の受賞者となった(共同受賞はスタンリー・ウィッティンガム、吉野彰の両氏)[R6]。2023年6月、100歳で死去するまで新しい電池材料の研究を続けていたと伝えられる。高齢になっても研究を続けたという逸話そのものが、彼の生涯を端的に物語っている[R7]。
LFPの物語は、こうして一人の高齢の物理学者の、生涯にわたる探求の延長線上にある。1980年のLCO発見も、1996年のLFP発見も、同じ「どの結晶構造に、可逆的にリチウムイオンを出し入れさせるか」という探求の一部であり、LFPだけを切り離して「偶然の発見」と呼ぶのは正確ではない。
3. NCA・NMCという同時代の系譜
LFPの物語は、単独の発明譚として読むと見誤る。グッドイナフの1980年のLCO発見を受けて、1990年代後半にはコバルトの高コスト・資源制約を背景に代替正極の探索が世界的に進む。大阪市立大学の小槻勉教授らはニッケル酸化物にコバルト・アルミニウムを添加したNCA正極を確立し、1999年頃に実用化された。パナソニックの円筒形NCA電池は、のちにテスラModel S(2012年以降)の高エネルギー電池として広く知られるようになる。一方、2008年の初代Roadsterが搭載したのはLCO(コバルト酸リチウム)系セルであり、両車を同じNCAの系譜として括るのは正確ではない[R8]。ほぼ同時期、シンガポール材料研究院や米アルゴンヌ国立研究所のマイケル・サッカレー博士、カナダ・ダルハウジー大学のジェフ・ダーン教授、そして再び小槻教授のグループが、それぞれ独立してNMC(ニッケル・マンガン・コバルト)系材料を報告し、2004年にアルゴンヌが取得した基本特許はGM・LG化学・BASF・戸田工業などへ幅広くライセンス供与された[R9]。
LFPはこの探索の同じ延長線上にある。1996年、グッドイナフ教授チームがオリビン型LiFePO₄の正極性能を報告し、1997年の論文(*Journal of The Electrochemical Society*)で正式に発表した[R5]。層状酸化物であるLCO・NCA・NMCと異なり、LFPはポリアニオン型のオリビン構造を持つ。この構造は高い熱安定性と安全性をもたらす一方、電子伝導性の低さという代償を伴った。理論容量は約170mAh/gと当時主流のLCOに匹敵したが、初期の学界・産業界では「理論上は興味深いが商業的な蓄電池には不向き」という評価が大勢を占めていた。
4. 炭素被覆という突破口——複数の研究チームによる並行解決
LFPを実用化の軌道に乗せたのは、電気伝導性を克服する複数の並行したブレークスルーだった。フランス国立科学研究センター(CNRS)のミシェル・アルマン博士は、カナダのモントリオール大学・ハイドロ・ケベックの研究チームと共同で、LFP粒子表面を薄い導電性炭素で被覆する手法を開発し、電気伝導性を劇的に向上させた[R10]。この技術は特許化され、2002年公開のWO2002027823A1・WO2002027824A1(優先日2000年9月26日、権利者はモントリオール大学・ハイドロ・ケベック・CNRS)として権利化されている[R11]。
同時期、米国ではMITのイエット・ミン・チャン教授のグループが、まったく別のアプローチに取り組んでいた。金属カチオンのドーピングと粒子のナノ構造化によってリチウムイオンの拡散距離を短縮するというもので、この技術の商業的可能性を確信したチャン教授は、同僚のバート・ライリー、リック・フロップとともに2001年、MIT発のスピンオフ企業A123システムズを設立した[R12]。台湾のAleees社、カナダのPhostech Lithium社(後に独ズードケミー、英ジョンソン・マッセイへ)も、それぞれ炭素被覆や結晶成長制御による独自の量産プロセスを確立している。つまりLFPの商用化は、単一の発明者ではなく、テキサス・モントリオール・ケベック・マサチューセッツ・台湾という複数の拠点が並行して弱点を埋めていった過程だった。
5. 特許の四極構造と、A123システムズの熱狂と崩壊
2000年代半ば、LFPの基本特許は大きく四つの陣営に分かれていた。(1)グッドイナフ教授らによる基本特許(米国特許US5910382A・US6514640B1、権利者はテキサス大学理事会)、(2)電気伝導性を向上させる炭素被覆特許群(ハイドロ・ケベック、モントリオール大学、CNRS)、(3)A123システムズによるナノ構造化・ドーピング特許、(4)Phostech・Aleeesによる量産プロセス特許である[R13]。US5910382Aは1997年4月21日の出願(優先権主張はそれ以前)、発明者はGoodenough・Padhi・Nanjundaswamyで、2011年1月28日付でテキサス大学からハイドロ・ケベックへ権利移転されている[R14]。欧州特許EP0904607B1は異議申立てを受けて取り消された事実も確認できた[R15]。
この特許の乱立は法廷闘争を招いた。2005〜2006年、テキサス大学・ハイドロ・ケベック陣営はA123システムズなどを相手取り特許侵害訴訟を提起し、A123側も非侵害・特許無効の確認訴訟と米特許商標庁への再審査請求で応戦した。この訴訟合戦は、テキサス大学が「州機関」として憲法修正第11条の主権免除特権を持つかどうかという、やや専門的だが重要な論点にまで発展している。2010年11月、連邦巡回区控訴裁判所は、ハイドロ・ケベックが保有するのは分野限定の排他的ライセンスに過ぎず、権利者本体であるテキサス大学が訴訟の必須当事者にあたるとして、A123側の請求を退けた[R16]。長期にわたる消耗戦の末、2011年、両陣営は和解に達し、ハイドロ・ケベック・モントリオール大学・CNRS・ズードケミーの4者はスイス籍のライセンス管理会社「LiFePO4+C Licensing AG」を設立して特許プールを一元化した。このコンソーシアムは、日本の住友大阪セメントや三井造船、台湾の大同ファインケミカル・Aleeesなどへも順次サブライセンスを供与し、ロイヤルティを徴収する体制を整えたとされるが、個々のサブライセンス契約の一次資料までは確認できていない[R17]。
もっとも、この特許紛争を勝ち抜いたA123システムズ自身は、その後まもなく劇的な興亡を辿ることになる。同社は2009年9月、ナスダック市場(ティッカー:AONE)に上場した。公開価格13.50ドルに対し初日終値は20.29ドルまで急騰し、時価総額は約12億ドルに達している[R18]。この熱狂の裏には、ブッシュ政権下でのUSABC/DOE契約(2006年に1,500万ドル、2008年に1,250万ドル)に続き、オバマ政権下の景気対策(ARRA)を通じて2009年8月に得た2億4,900万ドルの巨額補助金があった(実際の引き出し額は約1.32億ドルにとどまる)。ミシガン州からも1億ドル規模の税額控除を受けており、政府の資金がクリーンテック産業の象徴的企業を支えるという構図がそのまま体現されていた[R19]。
しかし、急拡大の裏で経営基盤は脆弱だった。2011年から2012年にかけて、主要顧客だったフィスカー・オートモーティブの高級プラグインハイブリッド車「カルマ」向け電池で製造不良が発覚し、性能・耐久性の低下と大規模な交換費用を強いられた。この打撃が、需要不足と過剰な設備投資による赤字構造をさらに悪化させ、開業以来一度も黒字化できないまま資金繰りが逼迫し、2012年10月16日、A123システムズは連邦破産法11条の適用をデラウェア州の裁判所に申請した[R20]。破産に伴う資産売却では、米ジョンソン・コントロールズが1.25億ドルで名乗りを挙げたが、最終的に中国の自動車部品大手・万向集団(Wanxiang)の米国子会社が2億5,660万ドルで自動車・グリッド・商用事業資産を落札し、2013年1月に対米外国投資委員会(CFIUS)の承認を得て買収を完了させている[R21]。米国の税金とMIT発の技術が投じられた次世代電池企業が、長期の特許紛争の末に中国資本の手に渡ったという展開は、その後のLFP覇権の帰趨を暗示する出来事だった。なお2011年の特許紛争の決着は、A123の全面勝訴ではない。連邦巡回区控訴裁判所の判断は主権免除や必須当事者をめぐる手続的判断にとどまり、最終的にはハイドロ・ケベック/テキサス大学陣営との相互利用が可能なクロスライセンスで和解しており、A123側は一時金と継続的ロイヤルティを負担している。
6. 中国での採用——「無償ライセンス」という通説
ここが本号の記事タイトルにも関わる、もっとも慎重な検証を要する論点である。確認できる一次資料は、2010年に中国電池工業協会が炭素被覆技術に関する中国特許(ZL01816319.X/CN100421289C)の無効審判を請求し、2011年に修正後の請求項について全部無効とする審決が出たことを示している。他方、「中国国内の製造・販売は一律に無償だった」とする包括的なライセンス方針は、公開された契約書・公式文書では確認できない。A123の公開資料ではむしろ世界売上を基準とするランニングロイヤルティが規定されており、これは中国企業への扱いを直接証明するものではないが、少なくとも「中国は当然に無償だった」と断定できる一次資料にはならない。さらに、無効になったのは関係する一つの中国特許であり、LFPに関する基本特許・炭素被覆・ナノ化・製造プロセスの全知財が中国で一括無効になったわけでもない。無償ライセンス説と特許無効化は同一視せず、前者は未確認の通説、後者は確認可能な法的事実として区別する必要がある[R22]。
この通説には、もう一段具体的なバージョンもある。2011年に中国電池工業協会主導で複数の中国企業がハイドロ・ケベック側の中国特許(CN100421289等)に対して無効審判を請求し、中国国家知識産権局がこれを認めて権利を無効化した結果、コンソーシアム側が中国国内での権利行使を事実上断念せざるを得なくなった、という説明である。この経緯を報じる記述は見つかるものの、本セッションでは特許無効審判の一次資料(中国専利復審委員会の裁定書等)までは到達できていない。したがって、確定した事実というより「有力だが一次確認が未了の仮説」として扱うのが適切であり、断定は避けたい。
いずれにせよ、中国の優位を特許問題だけで説明するのは不十分である。経緯は三段階に分けて見る必要がある。まず2008年北京オリンピックで、先進的なリチウムイオン電池を積んだ電気バス50台が実証運行された(LFPであったことを示す一次資料はない)。次いで2009年頃から「十城千輌」政策が、電動バス・商用車を軸にした新エネルギー車普及策として公共車両需要を創出した。そして2011年のCATL設立以降、中国企業によるLFPの量産投資が本格化する[R23]。電動バスのような大型車両では、LFPの弱点である体積エネルギー密度の低さが乗用車ほど深刻な問題にならず、低コスト・長寿命・高い安全性という強みがそのまま適合した。加えて、BYDのブレードバッテリー(2020年発表)やCATLのCTP・Qilin技術のような、パッケージング(構造設計)の革新が、LFPの弱点だった空間効率を物理的に埋めていった。特許の効き方の地域差、政策による需要創出、パック・車両設計の革新——この三つが重なって、ようやく中国発のLFPが世界標準級に育ったというのが、もっとも均衡のとれた読み方だろう。
7. 特許満了と、西側の「LFP回帰」
LFP基本特許群は出願から20年の保護期間を経て、2010年代後半から2020年代にかけて相次いで期限切れを迎えている。テスラは2021年、標準航続距離モデルの搭載電池をNCA・NMCからLFPへ切り替える決断を下し[R24]、フォード・フォルクスワーゲン・ステランティスなど欧米大手も追随した。IEAベースの集計では、LFPは2024年時点で世界のEV販売の約半分を占める水準に達している[R1]。もっとも、西側企業が特許満了後に自由にLFPを製造できるようになったとしても、正極材の生産能力・製造ノウハウ・サプライチェーンにおける中国の優位はすでに揺るぎないものになっていた。フォードがLFP工場建設のためにCATLから技術ライセンスを受ける契約を結んだことは、この非対称性を象徴する出来事である。
8. 2026年の現在地——脱中国サプライチェーンはどこまで進んだか
特許が失効し、政策の風向きも変わったいま、LFPを巡る競争の主戦場は「誰が特許を持つか」から「誰が中国抜きでLFPを作れるか」に移っている。この動きは、記事執筆時点(2026年7月)でも生々しく進行中である。
韓国勢の方向転換——NMCからLFPへ
韓国のLG エナジーソリューション・サムスンSDI・SKオンの3社は、長年にわたり高ニッケル系(NCM・NCA)に軸足を置き、LFPは中国メーカーの領分として距離を置いてきた。ところがEV需要の伸び悩みと、AIデータセンター向け定置用蓄電システム(ESS)の急成長を受けて、2023年以降、3社そろってLFPへの方向転換を進めている。LGエナジーソリューションは2023年末に南京(中国)でLFP量産を開始した後、2025年6月に米ミシガン工場へ展開、2026年初頭にはポーランド・ヴロツワフ工場でも量産を予定し、2027年には韓国・忠清北道の吳倉(オチャン)拠点でもESS向けLFP生産を始める計画である[R25]。サムスンSDIはステランティスとの米国合弁「スターパラス・エナジー」の生産ラインを、当初計画していた高ニッケルNCMからLFPへ一部転換し、2026年第4四半期から30GWh規模のLFP生産能力を確保、2028年までにLFPおよび中ニッケル角形電池の量産化を目指すとしている。2025年12月には米国のエネルギーインフラ企業向けに13.6億ドル規模のLFP供給契約も締結した[R26]。SKオンも米ジョージア州の既存工場の一部をLFPに転換するほか、韓国・瑞山(ソサン)拠点に年産3GWh規模のLFP専用ラインを新設し、系統向けLFPパウチ型ESS製品「GRIDON」の供給を始めている[R26]。SNE Researchの集計では、世界のリチウムイオンESS向け出荷は2024年の307GWhから2025年には550GWhへ急増しており、この成長の大半をLFPが占めるとされる。韓国勢のLFP転換は、この市場構造の変化に対する遅ればせながらも本格的な適応と言える[R27]。
北米での原料確保——ケベックのリン鉱山と「G7連合」
LFP正極材の川上にあたるリン鉱石の確保でも、脱中国の動きが具体化しつつある。カナダの資源開発企業ファースト・フォスフェートは、ケベック州サグネ・ラック・サンジャン地域にある「ベガン・ラマルシュ」火成岩リン鉱床の開発を進めており、2025年6月にカーニー首相がG7首脳会議(カナナスキス)で立ち上げた「重要鉱物レジリエンス・生産同盟」の下、13件の認定案件のうち2件を占める旗艦プロジェクトとなっている[R28]。2026年3月30日にはデンマークの輸出投資基金(EIFO)が同鉱山開発に対し最大2億7,500万カナダドルの保証を提供する意向書に署名し、同年5月から6月にかけてはイタリアの輸出信用機関SACE、政府系金融機関Cassa Depositi e Prestiti、SIMESTに加え、エンジニアリング大手MAIRE(イタリアBallestra社の技術を採用)が、リン鉱石をバッテリー級リン酸に加工するポール・サグネのプラント建設を支援する意向書に署名している。カナダ政府(天然資源省)自体も同案件のフィージビリティ調査に1,670万カナダドルの無償拠出を行い、ポール・サグネの第二埠頭建設にも5,760万カナダドルを投じるなど、カナダ・デンマーク・イタリア・EU・ベルギーの5つの政府・機関が関与する多国間プロジェクトに育っている[R29]。同社はすでに北米産の原料のみを使ったLFP18650セルの商業グレード生産に成功したと発表しており、これが事実であれば「完全に中国を経由しないLFPサプライチェーン」の初めての実例になるという[R28]。もっとも、この種の資源開発案件は自社発表が先行しやすく、実際の量産化・商業化までには長い年月を要するのが通例であり、意向書(LOI)の段階にある支援の多くはまだ拘束力のある最終契約ではない点には留意が必要である。
フォードのミシガン工場——CATLのライセンスで「米国初」を作る
フォードのBlueOval Battery Park Michigan(ミシガン州マーシャル)は、自動車メーカーが自ら所有・運営する米国初のLFP電池工場として2026年に立ち上がりつつある。
フォードはCATLから電池の化学組成・製造プロセス・技術そのもののライセンスを受けているが、原材料は中国産を使わない方針であり、CATLの技術者が生産開始時の研修・立ち上げ支援に入る形を取っている[R30]。2026年6月時点で試作セルの組立から検査までの一連の工程を終え、量産検証の段階に入ったと発表されており、フォードのCEOジム・ファーリーは「模倣で一から作るより、ライセンスを受けて自国で所有・運営する方が正しい選択だった」と述べている[R31]。生産能力については、当初計画の年産35GWh(EV約40万台相当)が2023年に約20GWh(EV約20万台相当)へ縮小されたのが現行計画であり、CATL副総裁の孟祥峰氏が言及した35GWhは当初計画の数字にあたる。二つの数字は同格に並ぶ最新値ではなく、縮小前と縮小後という時系列で理解する必要がある[R32]。2026年の量産開始計画そのものは維持されている。地元住民グループや一部議員からは、中国企業への技術依存を理由にした批判が根強く、裁判にまで発展したが、ミシガン州控訴裁判所は2026年2月、この訴えを退けている[R33]。
テスラのミシガン工場——LGとの43億ドル供給契約
テスラも、米国内でのLFP自国生産体制を広げつつある。前号で見たネバダ州の工場は、CATLからの設備・製法ライセンス供与によるもので、車載用LFPを生産している。これに加えて2026年3月、テスラと韓国LGエナジーソリューションは43億ドル規模の供給契約を締結したと米内務省が発表した。舞台はミシガン州デルタ・タウンシップ(ランシング近郊)の工場——もとはGMとLGの合弁「アルティウム・セルズ3」として建設が進んでいたが、GMが2025年5月に持分を売却しLGの完全所有となった、年産50GWh規模の拠点である。ここでLFP角形セルを生産し、2027年からテキサス州ヒューストンで組み立てる次世代蓄電システム「Megapack 3」向けに供給する計画だ[R47]。ネバダの案件(CATLライセンス・車載用)とは、供給元・用途とも異なる——ミシガンのLG案件はLMFPではなくLFPで、しかも車載用ではなく系統用蓄電池(ESS)向けである。ゼロからの「着工」というより、GM・LG合弁として建設が進んでいた既存に近い拠点を、LG完全所有のもとテスラ向けLFP供給拠点として転用する、という経緯である点にも注意したい。フォードとテスラ、二つの米自動車大手が同じミシガン州で異なる経路からLFPの自国供給網を組み立てているのが、2026年の現在地である。
ノースボルトの破綻——「LFP工場としての復活」ではない複雑な現実
欧州の「自前の電池チャンピオン」として最大の期待を集めたスウェーデンのノースボルトは、2024年11月に米国で連邦破産法11条を、2025年3月にはスウェーデンで破産を申請し、事実上解体した[R34]。その資産を買収したのは、リチウム硫黄電池を専業とする米国のスタートアップ、Lyten(ジープ親会社ステランティスと物流大手フェデックスが出資)である。2026年2月、Lytenはスウェーデンのシェレフテオ・ギガファクトリーとヴェステロースの研究拠点(合計16GWhの生産能力、160ヘクタール超の敷地、評価額約50億ドル)の買収を完了し、2025年夏にはポーランド・グダニスクの定置用蓄電システム(BESS)工場(生産能力6GWh、将来10GWhまで拡張可能)も取得済みである[R35]。
ただし、ここは正確に記しておく必要がある。「ノースボルトがLFP工場として復活した」という物語は成立しない。Lytenの公式発表によれば、スウェーデンの拠点は当面NMC(ニッケル・マンガン・コバルト)リチウムイオンセルを再稼働させ、研究拠点でNMCとリチウム硫黄を開発する計画であり、ポーランドの拠点も既存BESSとリチウム硫黄BESSの展開を掲げている。いずれもLFP工場とする根拠はない。さらに、スウェーデンのシェレフテオ拠点の一部は、2026年末に着工予定の総額100億ドル超・出力1GW超という欧州最大級のAIデータセンターへの転用が計画されている[R36]。かつて欧州のEV電池自給を象徴するはずだった工場が、電池生産とAIインフラの両方に引き裂かれる形で第二の人生を歩み始めている、というのが実情に近い。ノースボルト資産の再利用は欧州電池産業の再編を示す事例ではあるが、本号の主題であるLFP史の一部として扱うべき事例ではない。
9. 二次特許戦争と、ハイドロ・ケベック事件
基本特許が失効した現在、LFPを巡る知財の主戦場は、セル・パック構造や、LFPにマンガンを添加して高エネルギー密度化するLMFP(マンガン酸リン酸鉄リチウム)などの周辺・応用技術に移っている。CATLは2024年のShenxing Plusでエネルギー密度と4C急速充電を前進させ、2026年発表の第3世代Shenxingでは極寒地充電と自己発熱機能を打ち出すなど、低温性能や急速充電性能を巡る特許出願も相次いでおり、基礎材料の特許から応用技術の特許へと主戦場が移り変わっている構図が見える[R37]。
この局面で象徴的なのが、カナダで進行中の経済スパイ疑惑事件である。舞台となったのは、ハイドロ・ケベックがケベック州ヴァレンヌに置く研究機関CETEES(Center of Excellence in Transportation Electrification and Energy Storage)である。同センターは、LFPのカーボンコーティング技術を生み出した研究拠点の系譜にあり、退任した元幹部カリム・ザギブ氏が設立に携わったとされる。ヨューシェン・ワン(王躍生)氏は、2015年3月に中国での学会でザギブ氏と知り合い、その1年後の2016年にケベックへ招かれて研究員となった。ワン氏がナトリウムイオン電池に強い関心を示していたことが、当時センターが長期戦略として重視していたテーマと合致したという[R38]。
2022年、ワン氏名義の無許可の論文発表が社内で発覚したことを契機に内部調査が始まり、同年8月にRCMP(カナダ王立騎馬警察)の国家安全保障捜査チームが捜査に着手、11月にワン氏は解雇・起訴された。カナダの「情報の安全保障に関する法律」に基づく経済スパイ罪での起訴は、同法制定以来初めての事例とされる。ワン氏が返却したUSBキーには、削除済みの518件の文書が含まれていたとも報じられている[R38]。
ただし、ここは事実関係を正確に記す必要がある。ワン氏は一貫して起訴内容を否認しており、共有した情報は「オープンソースのものだった」と主張している。2025年10月に開始した裁判は本稿執筆時点(2026年7月)でも係属中で、判決は2026年6月時点で延期され、新たな期日(9月8日)が設定されたと報じられている[R39]。したがって本件は「起訴・係争中の疑惑」であり、有罪が確定した事実ではない。ナトリウムイオン電池を含む先端電池技術の研究データや人材が、依然として地政学的な争奪の対象になっているという事実を示す出来事として紹介するにとどめ、ワン氏の有罪を前提とした書き方は避けるべきである。
10. 2025年10月の中国輸出規制——施行1日前の凍結
LFPの地政学を語るうえでもう一つ欠かせないのが、2025年10月に中国が発表したリチウム電池関連の輸出規制である。
2025年10月9日、中国商務部(MOFCOM)と税関総署は、リチウムイオン電池(重量エネルギー密度300Wh/kg以上)、LFP正極材(圧密密度2.5g/cm³以上・比容量156mAh/g以上)、人造黒鉛負極材、および関連製造装置・技術を輸出管理の対象に加える「公告第58号」(MOFCOM・税関総署共同発表)を発表した[R40]。
さらに重要なのは、この電池関連規制(公告第58号)が、2025年11月8日の施行を目前に控えた11月7日、中国商務部・税関総署が発表した「公告第70号」によって**施行の1日前に停止された**という経緯である。公告第70号は、10月9日に発表された6件の措置(公告55・56・57・58号、および61・62号)をまとめて停止し、この停止は2026年11月10日まで一年間続く。米中間の貿易摩擦緩和(2025年10月30日の釜山での米中首脳会談を機とした一連の緩和措置の一環)を背景にした動きとされ、リチウム電池・人造黒鉛負極材・関連製造装置の輸出は、本稿執筆時点(2026年7月)では規制の対象外の状態が続いている[R41]。中国商務部は「停止であって撤回ではない」ことを強調しており、2026年11月10日の期限後、あるいは米中関係が悪化すればより早期に、規制が再発動される可能性は残る。「中国が輸出規制で完全に覇権を固めた」という単純な物語ではなく、「規制を打ち出したが、より大きな貿易交渉のカードとして即座に凍結した」という、より流動的な現在地として記録しておく必要がある。
なお、この輸出規制(公告第58号)は特定国を指定するものではなく、電池・材料・装置・技術を性能基準で管理する品目別規制であり、日本だけが対象外になっているわけではない。公告第58号などの措置は、公告第70号によって2026年11月10日まで期限付きで停止されているが、撤回されたわけではない。日本がこの攻防にどう位置しているかは、次節で改めて論じる。
11. 日本——実績はあるのに、なぜ政策の柱にならなかったか
日本には、LFPの研究・正極材・セル製造の実績がないわけではない。ELIIY Powerは国内でLFPセルを開発・製造しており、住友大阪セメント(現・住友金属鉱山)はLFP正極材を開発してベトナムの量産拠点から供給してきた実績がある。日産も国内でのLFP量産計画を公表している。「日本にLFPメーカーが存在しない」という言い方は誤りだ。
問題は、実績の有無ではなく、政策上の位置づけである。経済産業省が2026年6月に改訂した「蓄電池・電源産業戦略」を見ると、LFPは参考資料の化学系比較図で、主に「コスト重視」の電池として扱われている。LMFP(リン酸マンガン鉄リチウム)にいたっては、技術ロードマップの中心にすら位置づけられていない。これは、LFP/LMFPを低価格帯の補完技術とみなす発想に近い[R42]。

しかし国際市場では、LFPはとうに「安価な代替品」ではなくなっている。IEAの集計では、2025年時点でLFPは世界のEV用電池の55%以上、定置用蓄電池市場では90%以上を占めるまでになった[R1]。CATLの第3世代「神行(Shenxing)」は10%から98%までの急速充電を6分27秒でおこない、1,000回の超急速充放電後も容量維持率90%以上を保つとされる[R43]。BYDのブレードバッテリー系も、鉄系材料のまま安全性とエネルギー密度の両立を進めている。LFPを「低価格市場」として周辺に置くことは、もっとも大きな需要領域そのものを取りこぼすに等しい。
ナトリウムイオン電池では、この欠落がさらに際立つ。同戦略の本文では、産業化の目標・ロードマップ・投資支援・標準化・市場形成のいずれにも、ナトリウムイオンは十分に接続されていない。参考資料にGteXの研究成果として性能向上が触れられる程度にとどまる[R42]。だがナトリウムはリチウム・ニッケル・コバルトへの依存を下げる、経済安全保障上の意味をもつ資源だ。CATLは第2世代ナトリウムイオン電池「Naxtra」の量産を表明しており、エネルギー密度175Wh/kg、CLTCモードで航続400km以上、マイナス40℃でも容量維持率90%以上という性能を示す[R44]。セルコストは2026年時点で1kWhあたり46〜62ドル(約7,500〜10,000円)と推定され、同52〜84ドル(約8,400〜13,600円)のLFPを下回る可能性がある。リチウム依存の低減を掲げるなら、ナトリウムイオンは研究開発項目ではなく、政策ポートフォリオの主要技術として扱う必要がある。
日本が本命として賭けているのは全固体電池だ。トヨタは出光興産と硫化物系固体電解質、住友金属鉱山と高耐久正極材の量産化でそれぞれ協業しており、2027〜2028年のバッテリーEVへの実用化を目指している[R45]。高エネルギー密度・高い安全性・急速充電という強みは、日本企業が力を発揮しうる領域でもある。だが「技術の確立」と「市場の支配」は同義ではない。複数の市場予測では、全固体電池の市場浸透率は2030年時点でなお限定的にとどまり、2035年時点でも主流市場を全面的に置き換える可能性は高くないとされる[R46]。界面抵抗、充放電サイクルにともなう膨張収縮、リチウムデンドライト、製造歩留まり、量産コストという技術課題も残る。政策上のリスクは、全固体電池そのものではなく、これを「2030年のゲームチェンジャー」とみなしすぎることにある。空白の期間に顧客基盤・供給網・標準化・量産経験を失えば、全固体電池が実用段階に到達した頃には、市場との接点そのものが失われかねない。
ここまでの記述と重ねると、構図が見えてくる。CATLとBYDが勝ったのは、電池化学の当たり外れではなく、統治構造・供給網の設計・量産学習の速度だった——本連載その4で見た論点である。日本のLFP・ナトリウムイオンをめぐる現在地も同じ構図だ。技術が足りないのではない。市場形成・量産スケール・ミッドストリーム・制度設計を接続する政策能力が、足りていない。
12. 結論——三つの読み方を重ねる
LFP史には、少なくとも三つの読み方がある。第一に「特許地政学」説——欧米での特許紛争が商業化コストを引き上げる一方、中国では特許の効き方が相対的に弱く、量産が先行できた。第二に「用途適合」説——電動バス・普及EV・定置蓄電で安全性・長寿命・低コストの価値が高まったという、市場側の変化に注目する見方。第三に「システム設計」説——ブレードバッテリーやCTPのようなパッケージング革新こそがLFPを勝たせたという見方である。
もっとも妥当なのは、この三つを重ねて読むことだろう。グッドイナフという一人の高齢の物理学者に始まる材料発明、ハイドロ・ケベック/モントリオール/CNRS/Phostech系の量産知財、A123システムズの熱狂と崩壊に象徴される欧米における特許紛争、関連特許の中国での無効化、中国の産業政策による需要創出、BYD・CATL・Teslaによる設計と採用——これらが重なって、ようやくLFPは世界標準級の地位を得た。単一の「無償ライセンス」という偶然があったと見るより、特許の非対称・産業政策・量産集積・システム設計が相互作用したと見るほうが、もっとも均衡のとれた歴史像である。
そして2025年10月から11月にかけての輸出規制と、その電撃的な凍結が示すのは、LFPを巡る主導権争いがいまなお進行中の、確定していない物語だということである。かつて特許という法的な盾に守られていた欧米企業が盾を失ったように、いま中国が握る製造ノウハウという盾も、地政学の風向き次第で武器にも譲歩の材料にもなりうる。
三点要約
- LFPは1996年、当時73〜74歳のグッドイナフによる発見に始まるが、世界標準化を決めたのは材料そのものの優劣ではなく、特許の地域差・中国の産業政策・BYD/CATLによるパッケージング革新の重なりである。
- 2025年10月に発表された中国の電池輸出規制(公告第58号)は、施行1日前の11月7日に1年間の停止措置が取られている——「規制強化」の物語だけでは現状を捉えられない。
- 脱中国サプライチェーンの構築はなお途上である。韓国勢のLFP転換、カナダのリン鉱山開発、フォード・テスラの米国内LFP工場はいずれも2025〜2026年に具体化した動きだが、意向書段階の支援や生産能力の数字の食い違いも多く、額面通りには受け取れない。
注目指標
- グッドイナフのノーベル賞受賞:2019年、97歳(史上最高齢受賞)[R6]
- A123システムズIPO時価総額:約12億ドル(2009年9月)→資産売却額2億5,660万ドル(2012年12月、Wanxiang America)[R18][R21]
- 中国リチウム電池輸出規制(公告第58号):2025年10月9日発表→11月7日停止(2026年11月10日まで)[R41]
- カナダ・ベガン゠ラマルシュ鉱山へのデンマーク保証額:最大2億7,500万カナダドル(2026年3月30日)[R29]
- フォードBlueOval Battery Park Michiganの生産能力:当初計画35GWh→2023年に約20GWhへ縮小[R30][R32]
参考文献
本論で引用・参照した文献の一覧は、別ページ(Google Doc)にまとめています。
喫茶去|祖父の手記と、写真一枚でハワイへ渡った叔母
幼い頃、夏休みになるとハーフのいとこたちと時々遊んだ。姉弟だった。何が違うのかよく分からないまま、どこか違う雰囲気を持った子どもたちだと思っていた。12歳の夏、母が消えて、そのいとこたちとの交流も途絶え、そのまま大人になった。
福島原発事故後の講演会の書籍サイン会で、彼女が現れた。「テツさん?」 —— 気がつけば40年が経っていた。
共通の祖父は、旧日本陸軍の軍馬医だった。敗戦のとき、祖父は現在の北朝鮮とロシアの国境周辺にいた。そこから一家で命からがら日本に引き揚げてきた。その経緯を記した祖父の手記が残っている。母とその妹の4姉妹も一緒だった。鉄道と徒歩での南下の苦労、祖母の病気入院による足止め、そして一家で小さな小舟に乗った決死の38度線越えなど、幼い4姉妹を連れた引き揚げの道のりは、手記を読むとき、言葉が止まる。

山口に帰郷した後、進駐してきた米軍将校と祖父は懇意になった。そして、それぞれの子女の婚約を約束した。叔母は、相手の男性の写真を一枚見ただけで、船でハワイに渡っていった。
その叔母が向こうで子をなし、孫をなし、今日オアフ島を中心に、いとこ一族はハワイの大ファミリーとなった。サイン会で再会したのは、その叔母の長女その人だった。
北朝鮮国境からの引き揚げがなければ、進駐軍との縁もない。写真一枚でハワイに渡る叔母の決断がなければ、いとこたちは生まれていない。そもそも、母や叔母もどうなっていたやら。筆者自身も誕生していなかったかもしれない。
あの戦争は、私には教科書の中の年表にある歴史ではない。北朝鮮国境から、38度線を越えて山口へ、そしてハワイへ —— 祖父と祖母、そして母や叔母が体で刻んだ地図として連なっており、今もここにある。
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【奥の間:文明の燭洞幾】2040年への設計図——AIから超知能、そして人類はどうなるか
「燭」はろうそくで暗闇の一点を照らし出すこと。「洞」は穴を貫いて深層を見通すこと。「幾」は『易経』の語で、変化の極めて微かな萌芽——肉眼には見えない転換の兆しを指します。「萌芽を照らし出し、深く貫いて読む」という知的営みを、この場でともに続けていきたいと思っています。
本論(広場)が「何が起きているか(What)」を論じる場だとすれば、奥の間は「なぜそうなのか(Why deeper)」を掘り下げる場です。エネルギー・文明・政治・AI・歴史——これらを縦横に使いながら、現在進行形の転換の深層を透視していきます。
今号の奥の間:2040年への設計図——AIから超知能、そして人類はどうなるか
前々号でAIの定義と歴史を、前号でAIの文明論的な立体像を見てきた。今号は、そこからもう一歩先に進み、未来シナリオそのものを読み解く。
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