バッテリー・ディケイド その4——CATL・BYD・パナソニックの三国志

かつて車載電池の先頭は日本企業にあった。いま世界を握るのはCATLとBYDの中国2社である。勝敗を分けたのは電池化学の当たり外れではなく、創業者の資質・企業統治・供給網の設計、そしてテスラとの距離の取り方だった。CATL曾毓群とBYD王伝福、二人の技術者経営者の企業史とパナソニックの栄枯盛衰を追う。
飯田哲也(イイダテツナリ) 2026.08.03
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【本号の要旨】

本論では、バッテリー・ディケイド第4回として、CATL・BYD・パナソニックの三国志を追う。中心は、かつて車載電池の先頭にいた日本企業が、いまや中国2社の後塵を拝している経緯——曾毓群がATL(1999年香港創業、2005年TDK買収)を経て2011年にCATLを分社した判断、王伝福がいとこからの借入金を元手に1995年にBYDを興し2024年についに売上高でテスラを上回った軌跡だ。勝敗を分けたのは電池化学の当たり外れではなく、経営トップの即断力・産業システムとしての設計・開いた市場での量産学習という3点だったと見る。パナソニックについては、2026年3月期にデータセンター向けESSが車載電池の不振を補う構図が明確になったことや、4680セルの量産が依然として戦略顧客との最終調整段階にあることにも触れ、テスラを軸にした三社の「供給しながら競合する」ねじれた関係を描く。

喫茶去では「山と原子力」を。学生時代、原子力工学を専攻しながら夏はずっと北海道の山にいた、という二重生活を振り返るエッセイである。日高山脈の八ノ沢カールからの縦走、今西錦司や梅棹忠夫の空気が残る京都大学時代に山や自然の中で過ごした日々と、実学的で産業的だった原子力の教室——同じ一日のなかに同居していたふたつの世界の往還が、やがて原子力を離れ北欧へ向かう原動力になったことを、当時はまだ知るよしもなかったと記す。

奥の間「文明の燭洞幾」では「AI文明論の点描——人類史革命の視点から」を論じる。AIは火・印刷・電力に続く文明の基盤技術かもしれない、という仮説から出発し、テック論・思考の外部化・宇宙的視点(グレート・フィルター)・著作権闘争・知能と意識のデカップリング・宗教論・AGI/ASI論争・効果的利他主義と効果的加速主義の対立・政治と統治・地政学とソブリンAI・軍事利用という12の断面を重ねて描く。結語では、12断面のすべてがひとつの原因に還元されるわけではないとしつつ、テック論・加速主義・ソブリンAI・地政学・軍事利用を貫く共通の物理的基盤として、計算資源とエネルギーが繰り返し姿を現すことを指摘する。

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1. 「技術で負けた」のか

車載電池の先頭には、かつて日本企業がいた。パナソニックはトヨタとの合弁(パナソニックEVエナジー、現プライムアースEVエナジー)を通じてニッケル水素電池で1990年代から世界を走り、のちにはテスラ向け円筒セルで再び先頭集団に戻った経緯がある[R1]。それにもかかわらず、いま世界の車載電池市場を握っているのはCATL(寧徳時代新能源科技)とBYD(比亜迪)の中国2社である。

2025年通年のデータを見ると、その差は圧倒的である。世界のEV向け電池搭載量(EV・PHV・HV合計)は前年比31.7%増の1,187GWhに達し、史上初めて1,000GWhの大台を超えた[R2]。この巨大市場でCATLは39.2%(464.7GWh、前年比35.7%増)、BYDは16.4%(194.8GWh、前年比27.7%増)を占め、両社合計で55%を超える[R2]。対するパナソニックは44.2GWh・シェア3.7%で第7位にとどまる[R2]。2026年に入ってもこの構図は変わらない。1〜4月の集計ではCATLがシェアをさらに40.1%へ伸ばす一方、BYDは14.2%へとやや後退しており、価格競争の消耗戦が両社の明暗をわずかに分けつつある局面も見える[R3]。

この逆転劇を「LFP(リン酸鉄リチウム)が勝ち、日本の高性能路線が負けた」という一文で片づけるのは、半分しか当たっていない。CATLはLFPだけでなく三元系・ナトリウムイオン・交換式電池まで並行展開しており、BYDの決定打もLFPそのものというより、LFPを車両・充電・価格戦略と束ねた設計にある。パナソニックも高ニッケル円筒では今なお強い。勝敗を分けたのは、電池の化学系そのものより、(1)創業者やトップが技術・製造・顧客を同時に見て意思決定できたか、(2)電池を単体部材でなく車両・充電・原材料・政策を束ねる産業システムとして捉えたか、(3)量産学習を閉じた系列の中で回したのか、開いた市場で回したのか、という三つの分岐である。そしてこの三つの分岐は、三社それぞれの創業者がどういう人物だったかという、きわめて属人的な物語とも深く結びついている。

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2. CATL——「巨人の肩」の上の中立サプライヤー

CATLの起点は2011年の設立だが、実質的な源流は1999年に香港で創業されたAmperex Technology Limited(ATL)に遡る。創業者の一人が、現CATL会長の曾毓群(ゾン・ユーチュン、英語名Robin Zeng)である[R4]。ATLは小型リチウムポリマー電池でApple社「iPod」向けサプライヤーに選ばれ、世界最高水準の品質管理と大量生産のノウハウを蓄積したと伝えられ、2005年に日本の電子部品大手TDKに買収された[R5]。TDK傘下のATLで車載電池事業が育つ一方、中国のEV産業政策と市場環境に対応するには中国資本の独立企業として展開する必要があり、曾毓群らは2011年にATLの車載電池部門を分社するかたちでCATLを設立した[R4]。企業の入れ物そのものを組み替えた判断であり、CATL最初の大きな分岐点といえる。

曾毓群という人物——「賭性堅強」と「エンジニアリング思考」

曾毓群の経歴は、CATLという会社の性格をそのまま映している。1968年、福建省寧徳市の貧しい農村(藍口村)に生まれた曾毓群は、地元の進学校を経て1985年に上海交通大学船舶工学科へ首席で合格した[R6]。卒業後は福建省の国有造船企業に配属されたが、わずか3か月で辞め、広東省東莞の電子部品メーカーSAEマグネティクス(TDKの子会社)に転じている。ここで異例の速さで最年少のエンジニアリング・ディレクターに昇進したが、外資系企業である以上、昇進の天井があることを見切り、1999年にSAEの上司2人とともにATLを共同創業した[R6][R7]。働きながら華南理工大学で電子情報工学の修士号(2001年)、中国科学院物理研究所で凝縮系物理学の博士号(2006年)を取得しており、経営者である以前に電気化学・材料科学の専門家である点は、BYDの王伝福と共通している[R6]。

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曾毓群の経営スタイルを象徴するのが、かつて自室に掲げていたと伝えられる「賭性堅強(強靭な賭け性)」という言葉である。貧しい山村から身を起こした彼は、大きな技術的・市場的賭けに資本を投じることを恐れない一方、これを「工程思維(エンジニアリング的思考)」で厳密に制御しなければ、無駄な生産ライン拡張や技術選択の誤り、組織の疲弊に直結すると自ら戒めているという[R8]。2025年のフォーブス長者番付では世界34位・中国4位にランクインした。教育支援にも多額の資金を投じており、2026年3月には、自らが実質支配する厦門瑞庭を通じてCATL株500万株を母校・上海交通大学の教育発展基金会へ寄付した。公表時の時価では約20億元に相当する[R6]。2020年には電池産業の商業化への貢献でNAATBatt Internationalの生涯功労賞を受けている[R9]。イーロン・マスクに対して「あなたは電池の作り方を分かっていない」と評したと報じられる逸話もあり[R10]、技術者としての強い自負をうかがわせる。もっとも、こうした発言・逸話の一部は中国語メディアやブログ経由の伝聞であり、本稿では「〜と伝えられている」という留保付きで扱っていることを断っておく。

BMWとの提携、そして「全方位アーキテクチャ」

CATLが一地方企業からグローバル企業へ飛躍する契機になったのが、2012年のBMW(および中国合弁の華晨BMW)との提携である。BMWは新エネルギー車「之諾(Zinoro)1E」向けの現地サプライヤーを探しており、iPod向け電池で実績のあった曾毓群のチームに着目した。BMWはドイツ語で書かれた800ページに及ぶ車載電池の技術要件書を提示し、CATLはこれに全エンジニアリソースを投じて2年以上の共同開発を経て応えたと報じられている[R11]。この提携が「欧州最高峰の品質基準を満たした」という業界内の評価につながり、長安汽車や吉利汽車など中国国内メーカーの採用が続いた。ただし「800ページの技術要件書」という具体的な逸話は業界ブログ的な二次資料に基づくものであり、CATLやBMW自身の一次資料での裏付けは本稿執筆時点で確認できていない。

技術面では、CATLはひとつの化学系に賭ける企業ではない。2019年に投入したCTP(セル・トゥ・パック)技術は、モジュール構造を排してセルを直接パックに詰めることでLFPの弱点だった空間効率を底上げし、低価格帯から標準モデルまでLFPをメインストリームに押し上げた[R12]。その後もCTP 3.0の「Qilin」、凝集態電池、超急速充電対応の「Shenxing(神行)」、そして2025年に立ち上げたナトリウムイオン電池ブランド「Naxtra」まで、用途ごとに複数の解を並行して用意している[R13]。ナトリウムイオン電池には2025年までに約100億元(約14.5億ドル)を投じたとされ、曾毓群は将来的に既存電池市場の30〜40%を代替しうると見込んでいるという[R14]。この「ひとつの化学系に賭けない」という構えそのものが、CATLの強さの中身である。どの化学系が主流になるかを当てにいくのではなく、どれが来ても供給できる状態を先に作っておく。

原材料面でもコバルト・リチウム鉱山権益や欧州工場、サプライヤーへの資金支援に踏み込み、電池メーカーというより「資源・製造・規格・エネルギー貯蔵の統合プレーヤー」へと定義を広げつつある。米国のインフレ抑制法(IRA)のような政治的障壁に対しては、CATL自身が米国内に工場を建てて資本と政治リスクを抱え込むのではなく、フォードやテスラ、ステランティスなど米欧の自動車メーカーに対し、製造設備・特許技術・運用ノウハウをライセンス供与する「LRS(Licensing, Royalty, Service)」というモデルを推進している。工場自体は米国企業が完全所有・運営するため、CATLは関税や政治的排除のリスクを回避しながら、ロイヤルティ・サービス収益を安定的に得ることができる[R15]。

2025年5月には香港証券取引所へH株を上場し、約356.6億香港ドル(約45.7億米ドル)を調達した。これは2025年に世界でおこなわれた株式公開のなかでも最大規模となり、調達資金の9割はハンガリー工場建設に充てるとされる[R16]。2024年12月期の売上高は3,620億元(約500億ドル)で前年比9.7%減となったが、純利益(帰属純利益)は507.45億元・前年比+15.01%と増益を確保した[R17]。売上減の一方で増益という組み合わせは、価格競争が続く中国国内市場よりも、粗利率の高い海外・エネルギー貯蔵事業の比重が増している表れでもある。いまのCATLにとって最大のリスクは技術力ではなく、地政学・価格競争・中国国内の供給過剰である。

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3. BYD——「電池屋」が自動車をつくるという賭け

BYDの原点は1995年、深圳で創業した二次電池メーカーである。創業者の王伝福(ワン・チュアンフー)は、日本企業の高度に自動化された製造ラインをそのまま導入するのではなく、工程を細分化して人手を多く投じる方式に組み替えることで、低資本のまま量産学習の速度を上げた[R18]。「日本に学ばなかった」のではなく、「日本の製造思想を別の条件に合わせて組み替えた」というのが実情に近い。この方式で携帯電話用電池のシェアを急速に伸ばし、2000年代初頭には中国最大の二次電池メーカーに成長している。

王伝福という人物——農村の孤児から「王国」の主へ

王伝福は1966年、中国でもとりわけ貧しい地域とされる安徽省無為県の農家に生まれた。10代で両親を相次いで亡くし、兄夫婦に育てられるという厳しい少年期を過ごしている[R19]。苦学の末、当時の中南工業大学(現・中南大学)で冶金物理化学を学び、北京有色金属研究総院で金属材料の修士号を取得した後、電池会社の経営に携わった[R19][R20]。1995年、いとこの呂向陽から25万元(当時のレートで約3万ドル)を借りて創業したのがBYDである[R19]。

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王伝福の生活様式は、莫大な富を築いた後も禁欲的であることで知られる。スケジュールが許す限りエコノミークラスで移動し、自らスーツケースを運び、深センの社宅に暮らし、従業員食堂で食事をとってきたと伝えられる。2008年、ウォーレン・バフェット率いるバークシャー・ハサウェイ(MidAmerican Energy Holdings経由)がBYD株の取得を打診した際、バフェット側は当初25%の取得を望んだが、王伝福は10%を超える放出を拒んだ。バフェットは後に「これは会社を売りたくない男だった。それは良い兆候だった」とFortune誌に語っている。最終的にバークシャーの出資は9.89%(約2.3億ドル)にとどまっている[R21]。この投資を主導したバフェットの盟友チャーリー・マンガーは、2009年のFortune誌インタビューで王伝福を「トーマス・エジソンとジャック・ウェルチを足したような人物」と評した。同じ年の株主総会では「人生でこれほど何かに関われて光栄だと感じたことはない」とまで語っている[R22]。「自らの技術すら壊すことを恐れない」というこの哲学が、BYDの反復速度の速さを支えている。

2003年、経営不振の国有自動車メーカー秦川汽車を買収して自動車事業に参入した際、香港市場でBYD株は急落し、「電池屋が車をつくれるわけがない」という懐疑論にさらされた[R23]。初期のEV・PHEV(F3DMなど)では何度も遠回りをしたが、この時期に電池・BMS・車両制御・価格設定を自社でつなぐ学習が蓄積され、のちの垂直統合の基盤になった。王伝福自身が「我々には11万人のエンジニアがいる。これこそがBYD最大の資産だ」と語ったと報じられる通り、巨大な技術者集団による反復開発が競争力の源泉になっている[R24]。

垂直統合の完成と、テスラを追い抜く瞬間

本当の分岐点は2020年以降である。LFPセルを刀状に成形してモジュール構造を省く「ブレードバッテリー」で安全性と空間効率を前面に出し、2021年以降はPHEV技術「DM-i」で大衆価格帯の市場を一気に開いた[R25]。そして2022年、それまで収益源の一部を担っていた純粋なガソリン車の生産を完全に終了し、NEV(新エネルギー車)専業化に踏み切った[R26]。既存の収益源を自ら切り捨てるこの決断は、内燃機関にともなうサンクコストを抱える伝統的な自動車メーカーには容易にまねのできないものだった。この転換からわずか2〜3年後の2024年、BYDの年間売上高は7,771億元(約1,070億ドル、前年比29%増)に達し、ついにテスラ(977億ドル)を上回った。純利益も403億元(前年比+34%)、年間販売台数は427万台(うち純EVは176万台)に達している[R27]。2025年通期のBEV(純電気自動車)販売台数でも、BYDは225.7万台とテスラの163.6万台を上回り、名実ともに世界最大のEVメーカーとなった[R28]。

BYD「独自技術 ブレードバッテリー」

BYD「独自技術 ブレードバッテリー」

統治構造の面では、王伝福を中心にした強い創業者支配と、初期出資者を含む濃い内部ネットワークが特徴である。電池・半導体・パワーエレクトロニクス・車両・商用車・エネルギー貯蔵まで内製範囲を広げ、外部サプライチェーンのボトルネックや価格変動に左右されない供給安定性とコスト競争力を確保してきた[R29]。2026年には第二世代ブレードバッテリーと超急速充電システム「FLASH Charging」を投入し、5分で10〜70%・9分で97%まで充電できると謳っている[R30]。定置用蓄電池(BESS)市場でも、2025年にはBenchmark Mineral Intelligenceの集計でBYDがシェア13%を獲得し、2023・2024年と首位だったテスラ(10%)を追い抜いて世界最大のインテグレーターになったと報じられている[R31]。もっとも、2025年は国内の価格競争と補助縮小の影響で純利益が4年ぶりに減少しており、垂直統合の強さが裏目に出かねない局面にも入っている。強い企業にも次の曲がり角がある、という点は記しておく必要がある。

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4. パナソニック——先行者はなぜ広い市場を取れなかったか

パナソニックは「出遅れた側」ではない。1996年にトヨタ自動車との合弁でパナソニックEVエナジー(現プライムアースEVエナジー)を設立し、初代プリウス向けにニッケル水素電池を供給するなど、車載電池史のかなり早い段階で先頭集団にいた企業である[R1]。2009年には三洋電機を買収し、当時リチウムイオン電池で世界トップ級のシェアをほこっていた技術・特許・生産基盤を一括で獲得した。

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しかしこの巨大買収は、その後のパナソニック経営に重い足かせを残した。2012年3月期には事業再編費用7,671億円を含む税引前損失8,128億円、当期純損失7,722億円という日本企業として記録的な赤字を計上している[R32]。この財務的打撃は、その後の経営陣に「極度のリスク回避」という構造を植え付けたと指摘される。

その後の最大の成功はテスラとの連携だった。2014年のギガファクトリー・ネバダへの共同投資、円筒型セル「2170」の大規模供給によって、パナソニックは北米市場で再び世界の中心に押し上げられた。2022年には電池事業を「パナソニック エナジー」として分社化し、意思決定の専業化を図っている。同事業の売上規模は8,732億円・調整後営業利益は1,227億円(2024年度実績)で、2026年3月期は車載電池事業の不振(米国のEV市況減速)により、通期の車載電池セグメント営業利益見通しは980億円から360億円へ下方修正されている[R33]。もっとも、この分社化後もパナソニック エナジーは持株会社パナソニックホールディングスの一事業会社にとどまり、グループ全体の資本配分の中で電池事業が常に最優先されるわけではない。

Tesla公式

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4680セルの迷走

パナソニックの次なる一手として期待されたのが、テスラが提唱した直径46mm・高さ80mmの大型円筒形セル「4680」の量産である。大容量化と製造コスト削減を両立させる技術として期待されたが、和歌山工場での量産計画は度重なる延期に見舞われた。2024年9月に開所式を終えた同工場は、当初2024年度末を目指した量産開始が2025年7月に「2026年3月末への延期」に見直され、テスラとみられる主要顧客からの最終量産承認が得られない状態が続いている。米カンザス州で計画されていた4680専用の第3工場も保留になったと報じられている[R34]。

独立系調査機関Munro & Associatesの分解調査によれば、テスラが自社工場(ギガ・オースティン)で内製する第1世代4680セルの重量エネルギー密度は244Wh/kg、第2世代でも265Wh/kgにとどまり、置き換え対象であるパナソニック製の既存2170セル(269Wh/kg)の性能に、ようやく追いつく水準である[R35]。2026年、テスラはModel Y改良版(開発コード「Juniper」)において構造バッテリーパックへの内製4680セル再統合を進めているが、同じくMunroの分解調査では、軽量化幅は主張されたほどではなく(2170搭載車との差は約9kg)、欧州仕様Model Y Long Range RWDのWLTP航続距離は、LG製セルを積んでいたときの661kmから609kmへと約52km短くなった。実用容量も77kWhから74kWhへ減り、10〜80%の急速充電には35分超を要するという[R35]。少なくとも一部の分解調査と車両認証値では、テスラ内製4680が、パナソニック製2170に対して明確な性能優位を確立したとは言いにくい結果が示されている。それでも肝心の顧客(テスラ)自身が内製化を強行しようとしているというねじれが、パナソニックの立場を難しくしている。

AIデータセンター向けESSへの活路

EV市場の価格競争とLFPシフトを受け、パナソニックは北米のAIデータセンター向けエネルギー貯蔵システム(ESS)市場への注力を強めている。2027〜2029年度にかけてAIインフラ関連事業に総額約5,000億円を投資する計画のうち、約3,500億円をパナソニック エナジーのESS・バックアップ電源部門に割り当てるとされる。パナソニック エナジーによれば、同社はデータセンター向け分散電源システムで約80%の市場シェアをもち、2029年3月期までの計画売上高の80%超に相当する案件について、すでに顧客との合意に達しているという[R36]。カンザス州のEV用電池生産能力の一部をAIデータセンター向けソリューションに転用する方針も示されており、2028年度の稼働を見込むという[R37]。EV量的競争では中国勢と互角に戦えない現実を受け入れ、高品質・高信頼性という強みが活きるハイエンドなインフラ需要へ資源を再配分する、現実的な生き残り戦略である。

LFPに向き合えないという弱み

パナソニックの最大の弱点は、CATL・BYDが勝ち筋とした化学系そのものに、いまだ本格参入していないことである。2026年6月30日、パナソニック ホールディングスの楠見雄規グループCEOはロイターの取材に対し、パナソニックは現時点でLFP電池を製造する計画はないと述べた。理由として、パナソニックが重視するのは個々のサーバー単位でピーク電力を平準化する分散型システムであり、大規模・集中型のバックアップ用途に向くLFPとは設計思想が異なる、という説明である[R38]。これは技術力の欠如というより明確な戦略選択ではあるが、結果として世界のESS市場の9割超を占めるに至ったLFPの土俵に、パナソニックは同業他社(LG エナジーソリューション、サムスンSDI、SKオンの韓国3社はいずれも2023〜2026年にLFPへ転換済み)から取り残された形で立っている。高ニッケル系・アノードレス次世代電池といった高性能路線への集中は、テスラの高級モデルやAIデータセンターの特定用途では強みになりうる。だがボリュームゾーンのLFP市場に直接参加しないため、世界的な市場拡大を量で取り込む余地は限られる。さらに2024年3月、トヨタは1996年以来のパナソニックとの合弁事業体プライムアースEVエナジーを完全子会社化し、パナソニックは持分を手放した[R1]。かつて先頭集団にいたはずの提携関係が、静かに解消されている。

パナソニックの経営構造は、創業者企業ではなく巨大複合企業である。電池事業が常にグループの最優先課題になるわけではない。2024年には自動車部品事業をアポロ・グローバル傘下ファンドへ売却し、2025年には1万人規模の人員削減をともなう収益改革を進めている[R39][R40]。技術力が劣ったのではなく、電池事業に全社を賭ける統治構造ではなかった、と捉えるのが実情に近いだろう。

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5. テスラとの三重関係——競争と共犯のあいだ

CATL・BYD・パナソニックの運命は、いずれもテスラの調達戦略と深く絡み合っている。三社それぞれとテスラの関係は、性格がまったく異なる。

パナソニックとテスラの関係がもっとも「深い」——そして、もっとも身動きが取りにくい。両社は2010年に電池提携を結び、2014年にはギガファクトリー・ネバダでの生産に合意、2017年の稼働開始でパナソニックは世界EV電池の中心舞台に立った。だがこの蜜月は、特定顧客への依存という構造を同時につくった。テスラ自身が内製化を志向し、さらに廉価モデル向けにCATL・BYD製の安価なLFP電池を採用しはじめたことで、パナソニックの学習ループはテスラという単一の企業ネットワークの中に閉じ込められるかたちになった[R41]。4680セルを巡る前述のねじれも、この構造の延長線上にある。

CATLとテスラの関係は、パナソニックよりはるかに取引的である。もっとも、テスラがCATLに与えた影響は取引にとどまらない。2019年末のギガファクトリー上海稼働以降、テスラは中国のEV産業全体に「ナマズ効果(catfish effect)」——生きた鰯の水槽に天敵のナマズを1匹入れると、鰯が刺激されて活発に泳ぎ続け鮮度が保たれる、という譬えに由来する、強力な競合の存在が業界全体を鍛えるという中国の経営用語——をもたらしたと評される[R42]。CATLはその渦中で最大の受益者のひとつになった。BMWとの提携がCATLに欧州基準の量産ノウハウを植え付けたのと同様に、その後のテスラとの取引は、資金と技術支援に加えて品質面での要求水準そのものを引き上げ、CATLに絶え間ない基準の底上げを強いたと評される[R43]。象徴的なのが、テスラがネバダ州スパークスに建設中の新たなLFP電池工場だ。2026年4月時点で立ち上げが進むこの工場は、CATLが直接出資・運営するのではなく、テスラが完全な所有権と運営費を負担し、CATLからは製造設備とウェットコーティング・プロセスなどの技術ライセンスのみを購入するかたちをとっている[R44]。前述のLRSモデルそのものであり、これによってテスラは中国企業との合弁事業に対する米当局の監視を回避しながら、CATLの製造ノウハウを合法的に米国内で稼働させることができる。この工場(生産能力約10GWh)は主に系統用蓄電システム「Megapack」向けセルを生産するとされ、テスラのエネルギー事業は2025年通期で46.7GWhを展開し128億ドルの収益を上げている[R45]。曾毓群がマスクを評して「電池の作り方を分かっていない」と評したと報じられる一方で、両社はドライなライセンス契約を通じてそれぞれの利益を最大化している。

BYDとテスラの関係は、自動車産業のなかでもとりわけ逆説的である。BYDは2025年、BEV販売・BESS展開の両方でテスラを上回り、名実ともに最大のライバルとなった。それにもかかわらず、BYDは最大の競争相手であるテスラに対しても電池を供給してきた。ただし、契約規模や用途別の納入比率は公表されておらず、車載用と定置用を含む供給関係の全体像は明らかではない[R46]。BYD側から見れば、最大のライバルであるテスラに電池を供給することで規模の経済をさらに広げ、自社車両・自社BESSのコスト競争力を一段と強化できるという、戦略的に優位な立場にある。BESS市場では両社が直接競合してもいる——供給者でありながら競争相手でもあるという、ねじれた関係のなかにある。

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6. 経営構造の断絶——意思決定権・資本配分・市場学習の差

CATLとBYDに共通する強みは、創業者自身が電気化学や材料科学を修めた技術者であり、なおかつオーナー経営者として組織の全権を握っている点である。曾毓群は船舶工学から出発して物理学の博士号を取得した研究者であり、王伝福は冶金・材料科学を専門とする研究者出身である。彼らは市場の潮目や素材の限界を、報告書を介さず自らの専門的知見で直感的に判断できる。だからこそ曾毓群はCTPによるLFPの復権を、王伝福はガソリン車生産の全廃という賭けを、トップダウンで即断できた。

対するパナソニックをはじめとする日本の伝統的大企業の多くは、財務・営業畑を歩んだ経営者が数年ごとに交代するガバナンス構造が定着している。技術の勘どころが大きく変わる局面で、現場のエンジニアが大胆な投資を提案しても、高度な技術的知見をもたない経営陣はそれを自らの判断だけで決断しにくい。結果として判断基準はROIの証明や社内調整、取締役会への説明責任に置き換わり、意思決定は数年単位で遅延しがちになる。これは、どちらの経営構造が「正しい」かという話ではなく、急成長し技術のコモディティ化が急速に進む市場では、意思決定の速度と規模がそのまま競争力に直結する、という構造の違いである。

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7. 半導体敗戦との相似形、そして相違

この構図は、1980年代後半から1990年代の日本の半導体産業、とくにDRAMメモリが経験した衰退と、いくつかの点で重なる。上流のプロセス技術や品質管理で強くても、標準化された量産品の価格競争と設備投資競争で主導権を失うこと。系列内の閉じた取引関係が外部市場での学習速度を落とすこと。政策の追い風があっても統治構造と資本配分が噛み合わなければ勝ち切れないこと。そして、製品単体で勝つ発想が産業システム全体の優位に結びつかないこと——これらは電池産業にもそのまま当てはまる[R47]。

ただし、両者を同一視するのは禁物である。半導体はファブレス・ファウンドリー分業への対応が焦点だったが、電池は原材料権益、化学系の選択、車体統合、充電インフラ、政策補助がより強く絡む。中国のEV市場は2015年以降、内需と政策で急拡大し、学習の母市場として機能した。ある学術研究では、2024年の中国EV普及の押し上げ要因として、品質向上・製品種類の拡大・電池コスト低下が大きく効いたとされ、補助金の影響も依然大きいと分析されている[R48]。電池競争は半導体以上に、国内市場を通じた産業育成の色彩が濃いと言える。

もうひとつの相似は、技術の深さと事業の広さが一致しないことである。半導体で日本は装置・材料・受託の一部で強みを残した。電池でもパナソニックは高性能円筒形・製造品質・北米生産で明確な優位をもつ。問題は、それが世界市場の支配に必ずしも結びつかないことである。CATLとBYDが勝ったのは単セルで突出したからではなく、資源・車両・政策・巨大内需・研究開発・生産規模をつないだからだ。良い部品をつくるだけでは足りず、その部品が勝つ市場構造そのものを自ら設計する必要がある、というのが電池版「半導体敗戦」から引き出せる教訓である。

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三点要約

  • 2025年の世界EV電池市場(1,187GWh)はCATL39.2%・BYD16.4%の中国2社で55%超を占め、パナソニックは3.7%(第7位)にとどまる。2026年に入ってもCATLはシェアを40%台へ伸ばしている。

  • 勝敗を分けたのは電池化学系だけではない。(1)経営トップに技術と投資の決定権が集中していたか、(2)電池を車両・原材料・充電・政策まで含む産業システムとして設計したか、(3)複数顧客と巨大内需を通じて量産学習を回したか、(4)必要な時期に大規模な資本を投入できたか、という違いが大きかった。

  • テスラとの関係は三者三様である——パナソニックは単一顧客依存という蜜月の代償を払い、CATLはライセンスモデルで地政学的制約を巧みに回避し、BYDは最大のライバルであるテスラにすら電池を供給する立場を築いた。

注目指標

  • CATL 2025年通期世界シェア:39.2%(464.7GWh、前年比+35.7%)、2026年1〜4月:40.1%[R2][R3]

  • BYD 2024年12月期売上高:7,771億元(約1,070億ドル、前年比+29%)/2025年BEV販売台数225.7万台でテスラ(163.6万台)を上回る[R27][R28]

  • パナソニック2012年3月期純損失:7,722億円/パナソニック エナジー売上高:8,732億円・調整後営業利益1,227億円(2024年度実績)[R32][R33]

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参考文献

本論で引用・参照した文献の一覧は、別ページ(Google Doc)にまとめています。

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喫茶去|山と原子力

—— 「喫茶去(きっさこ)」——禅語で「まあお茶でも一杯」。本論で固くなった頭へのコーヒーブレイク。エネルギーの話も、無関係な話も、気の向くままに。

セピア色になった写真が一枚ある。学生時代の山仲間との同窓会があるというので、引っ張り出してきたものだ。大学に入って三度目の夏、北海道の日高山脈を、八ノ沢カールから北へ十日前後かけて縦走したときのものだ。八ノ沢カールは、その十年ほど前に大学生グループがヒグマに襲われた凄惨な事件の現場の一部として、遺体が荼毘に付された場所だ。社会的にもまだ記憶も新しく、追悼のような怖れのような感覚をもちながらまんじりともせずに過ごしたあの夜は、今も強烈に残っている。

一回生の夏は知床を縦走し、二回生の夏は富良野岳からトムラウシを経て大雪へ抜けた。そして三度目が日高だった。思えば学生時代の夏休みは、ずっと北海道にいた。ヒッチハイクと山登りの繰り返しである。

あの頃、専門として原子力を学び、部活動として山や島を彷徨っていた。同じ一日のなかに、その二つが並んでいた。

京都大学の山関係の界隈には、今西錦司や梅棹忠夫、本多勝一といった名前が、まだ生きた空気として漂っていた。頂上に立つために登るというより、山に入って何かを見てくる。文化人類学の匂いのする空気だった。同じ部に入った仲間も、大なり小なりその憧れを抱いて入ったように思う。

十日間の縦走の間は、ただ歩き続ける。ときおりの休憩、その時のおやつ(エッセンと呼んでいた)、途中の水場や沢での水遊びや渓流釣り。雪渓があろうものなら、極上のかき氷として愉しむ。予定地に着けば、テントを張り、晩ご飯を作って食べ、飲み、歌い、そして自由闊達な議論をした。何をあれほど話していたのか、いまとなってはほとんど思い出せない。ただ、あの時間が自分にとっての財産になっていることだけは確かだ。

一方の原子力は、湯川秀樹や朝永振一郎の流れを汲むものだろうと思って入った。実際はまったく違っていた。きわめて実学的で、産業的な空気だった。就職も、教授の推薦で電力会社や重工業へあっせんされる。そういう場所だった。

それでも、山のほうへ逃げ込んだわけではない。二つの違った空気を、それぞれ吸っていた。どこかで、あえて割り切っていた。その「割り切り」と矛盾が自分の中で凝縮し、やがて原子力を辞め、北欧に旅立つ原動力になったことは、その当時の自分には知るよしもなかった。

その行き来は、いまも続いている気がする。頭の中で社会的な理想を追い求める方向と、実際に起きている実学や現場のリアル。属している場所やレイヤーの違うところを、行ったり来たりしながら、自分の中にその違いや矛盾を溜め込みながら考え抜くこと。そういう身の置き方のようなものを、あの頃に覚えたのかもしれない。

そうした二重性は、間違いなく自分の中の原点の一つになっている。

引っ張り出したアルバムには、その頃の顔が並んでいる。あれから数十年、ひとりひとりが違う道を歩き、それぞれの人生の後半に差し掛かっている。あの十日間を一緒に歩いたということだけが、いまも動かずにそこにある。

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奥の間:AI文明論の点描——人類史革命の視点から

「燭」はろうそくで暗闇の一点を照らし出すこと。「洞」は穴を貫いて深層を見通すこと。「幾」は『易経』の語で、変化の極めて微かな萌芽——肉眼には見えない転換の兆しを指します。「萌芽を照らし出し、深く貫いて読む」という知的営みを、この場でともに続けていきたいと思っています。

本論(広場)が「何が起きているか(What)」を論じる場だとすれば、奥の間は「なぜそうなのか(Why deeper)」を掘り下げる場です。エネルギー・文明・政治・AI・歴史——これらを縦横に使いながら、現在進行形の転換の深層を透視していきます。

今号の奥の間:AI文明論の点描——人類史革命の視点から

前号では、そもそもAIとは何か、AIがどのような歴史を歩んできたのかを整理した。今号ではその土台の上に立って、AIが人類文明にもたらしつつある変化を、より立体的に俯瞰する。

というのも、この「エネルギー知性学」全体をとおして、エネルギーと文明のあり方が根底から変わりつつある様子を描き出そうとしているのだが、その人類文明のあり方そのものが、AIによって大きく変わろうとしているからだ。

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