バッテリー・ディケイド その7:資源循環の地政学——精製・リサイクル・「純度の堀」を越えられるか

石油は燃やせば消える。電池の金属は、使い終わっても残る。この一点が、エネルギー地政学の土俵を「地下の鉱脈」から「地上の循環」へ移しつつある。だが循環は自動では回らない。使用済み電池を電池グレードの高純度材へ戻す精製の工程にこそ参入障壁がある。本号はこれを「純度の堀」と呼び、中国の輸出管理、Redwood MaterialsとBrunp、そして「細い中流」の日本を歩く。
飯田哲也(イイダテツナリ) 2026.08.24
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【本号の要旨】

本論|バッテリー・ディケイド その7では「資源循環の地政学——精製・リサイクル・『純度の堀』を越えられるか」を論じる。石油は燃やせば消えるが電池の金属は使い終わっても残るという一点が、エネルギー地政学の重心を地下の鉱脈から地上の循環へ移しつつある。だが循環は自動では回らない。使用済み電池を再び電池グレードの高純度材へ戻す精製の工程にこそ参入障壁があり、本号はこれを「純度の堀」と呼ぶ。中国はレアアース精製の91%を握り、電池リサイクルの前処理・材料回収能力でも2030年時点で7割超を維持する見通しで、統一管制清単と対日措置により輸出管理の射程をリサイクル技術にまで広げた。米Redwood Materialsと中国Brunp(CATL子会社)は回収業ではなく高純度化と認証済み再投入まで担う中流業として先を行き、日本は個社の技術はあっても連結された中流のスケールが細い。曾毓群とトヨタの「見ている時計の違い」、リチウム価格急落が生む「死の谷」、EU電池規則の数値義務化を経て、工程別支援・オフテイク連動・認証済み循環材市場という日本への三つの処方箋を示す。

喫茶去|「緑の道」では、自宅そばのニュータウンを巡る緑道の記憶を綴る。航空写真では緑が点在するだけに見える街も、地上の砂利道をたどれば池と森を縫う一続きの道になっていること、かつては愛犬のペースで、今は自分のペースで歩いていること、すれちがう散歩・ランニングの人々や海外子女のための学校へ急ぐ子どもたちの賑やかさと、それが過ぎ去ったあとの静けさとの混ざり合いを描く。北欧在住時に身についた「食後に自然の中を歩きながら話す」習慣が、帰国後の住まい探しでこの緑道に出会う幸運につながったという記述で結ぶ。

奥の間|「マスクという文明史的事件——多面性、規模、加速度」では、宇宙輸送・通信・AI・言論空間・製造とエネルギー・身体・統治という七つの領域が、一人の判断へ高い密度で連結されてゆく構造を描く。これは事業の多角化ではなく判断と実行の結合であり、この15カ月で領域の結合が加速した経緯を追う。比肩しうるスケールで急拡大するもうひとつの主体として中国を置き、「二つの帝国」——宇宙と通信ではマスク帝国が圧倒する一方、EVとヒューマノイドの物量では中国がリードし、しかもマスク帝国の物量そのものが電池とレアアース磁石で中国に依存するという、協力と競合が領域ごとに絡み合う二重らせんの構図を示す。DOGEの正式終了とGAO報告書による実績検証、Terafabをめぐる資本統合、SpaceX-Tesla合併観測にも触れる。

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【本論】

1. ワンスルーから循環へ——それでも循環は自動では回らない

まず、土台を確認する。

内燃機関の文明は、石油を燃やして使い切る「ワンスルー」の資源消費だった。電池の文明は違う。リチウム・ニッケル・コバルトは、一度採掘すればその大半を回収して再利用できる。短中期の制約は、地質学的な存在量そのものより、投資と供給能力の増強速度に現れる。USGSの2025年版によれば、リチウムの世界埋蔵量は3,000万トン、資源量は約1.15億トン。現在の埋蔵量を2024年の世界鉱山生産量24万トン(米国除く)で単純に割れば、約125年分に相当する——ただし、これは需要増加や採算性の変化を織り込まない静態比率であり、将来の可採年数を意味しない[R1]。重要なのは、地殻中に存在する総量よりも、需要増加に合わせて採掘・精製・回収の投資速度をどこまで高められるかである。

USGS 2025年版[R1]

USGS 2025年版[R1]

そして循環には、見落とされがちな関門がある。回収した電池を破砕してブラックマス(黒い粉)にするところまでは、比較的多くの国ができる。難しいのはその先だ。ブラックマスから不純物を除き、電池グレード——炭酸リチウムなら純度99.5%以上、Al・Cu・Feはppmオーダーの管理——まで戻し、正極前駆体の共沈条件を再現し、セルメーカーとOEMの認証を取る。しかも高純度化には固有のトレードオフがある。分離の選択性を上げるほど目的金属のロスが増えうる——高純度化と高回収率の両立には、工程上のトレードオフが生じる[R2]。設備を買えば済む話ではない。工程再現性、歩留まり、暗黙知、そして顧客側の長期評価が一体になった参入障壁。本連載はこれを「純度の堀」と呼ぶ。

このフローで押さえるべきは一点。資源循環は「使用済み品の回収」で完結せず、再び高純度精製の区間(C)に戻れるかどうかで決まる。中国の輸出管理はC-D区間を押さえにきており、後述するRedwoodとBrunpは、H-C-Dを自社内で一体化することで堀の内側に入ろうとしている。

2. 中国の輸出管理——価格高騰より先に「在庫切れ」が来る

中国の輸出管理は、思いつきの報復関税とは設計思想が違う。2020年施行の《輸出管制法》を土台に、2024年12月施行の《両用物項輸出管理条例》と統一《両用物項輸出管制清単》で制度を一本化した。統一清単は、それまで核・ミサイル・生物・化学・暗号などに分散していた品目を10大分野に統合し、類型コードと管理理由コードで整理する。企業には「何が対象か」が読みやすくなり、当局には審査・執行の一貫性が生まれる——牽制の口実ではなく、恒常運用のための法典化である[R3]。

運用の要点は五つ。最終用途・最終需要者の審査、単項許可中心の運用(同一契約の分割申請制限まで規定)、無紙化申請の標準化、キャッチオール規定、そして違反通報制度。商務部のFAQは税関特殊監管区域での扱いや審査進度の照会方法まで示しており、制度はすでに日常実務の水準に落ちている[R3]。

時系列で並べると、照準の移動が見える[R3]。

本表の典拠は商務部・税関総署の各公告 [R3]。対日措置の企業名指し公告は2026年2月24日・6月29日の2回に確定している。

本表の典拠は商務部・税関総署の各公告 [R3]。対日措置の企業名指し公告は2026年2月24日・6月29日の2回に確定している。

三つ、読み解きを加える。

第一に、2024年10月施行の《稀土管理条例》は、採掘・製錬分離・金属製錬・総合利用・流通などを対象とする国内管理法制である。レアアース関連設備や製造技術、二次資源の回収利用技術を輸出管理の対象としたのは、主に2025年10月の公告第56号・第62号——条例と技術公告を同一の措置として扱わない。中国は、他国が「リサイクルで脱中国」を図る経路そのものを制度の射程に入れている。循環の拡大が自動的に脱中国化を意味しない理由が、ここにある。ただし公告第56号・第58号・第62号などは、公告第70号によって2025年11月7日から2026年11月10日まで施行停止中である。したがって「現在、中国がリサイクル技術の輸出を許可制で管理している」とは書けない。正確には、「制度上の管理対象には加えたが、現在は外交交渉のなかで施行を凍結している」である。

第二に、この制度は、まず数量と納期に効き、その後に価格へ波及する。2025年4〜5月には中・重希土と磁石の輸出が急減し、欧州などで一部の自動車・部品工場が生産調整や一時停止に追い込まれた[R4]。その後は許可の発給によって輸出量が回復したが、域外価格は中国国内を大きく上回った。許可審査の速度そのものが供給リスクになる。2025年11月の「一時停止」が示すのは緩和ではなく、蛇口の開閉が外交テーブルの上に置かれたという事実である。

第三に、土台の集中度。IEAの「Recycling of Critical Minerals」(2024年)によれば、電池リサイクルの前処理・材料回収能力は2023年時点で中国が世界の8割を占め、案件パイプラインを見る限り2030年でも前処理能力の75%・材料回収能力の70%を中国が維持する見通しである。あわせて中国はレアアース精製の91%を握る[R5]。さらに視野を広げれば、19の戦略鉱物のうち大半の分野で、単一国(ほぼ中国)が精製の平均約7割を押さえている[R5]。個別元素の分離には数十段から数百段の多段溶媒抽出が要る。抽出剤設計、段数設計、廃液管理、人材の暗黙知——「純度の堀」は、地理的に固定化されている。

先の時系列表で、黒鉛(天然・人造)が最初期の2023年12月に管理対象へ入っていた点は、読み解く価値がある。負極材は電池の重量でもっとも大きな構成要素でありながら、正極材ほど地政学的な注目を集めてこなかった。だが中国は黒鉛負極の精製・加工能力で世界の90%超を握っており、レアアース規制よりも早く、EV需要の本格拡大局面に合わせてこの品目を管理下に置いていた[R6]。

堀を埋めるか、迂回するか

この深さへのひとつの回答が、精製能力を積み増すことではなく、素材そのものを迂回することである。シリコン負極材を手がける米Sila社は、黒鉛をシリコン・カーボン(Si/C)複合材に置き換える負極材「Titan Silicon」を開発し、2026年7月21日に民間資金3億ドル(Sutter Hill Ventures・Atreides Management主導)を調達、8月7日には米国政府の戦略資本室(Office of Strategic Capital、OSC)から最大14億ドルの条件付き融資を受ける計画を発表した。同日には、脱レアアース磁石のニロン・マグネティクス(1.5億ドル)、スカンジウムのサンライズ・エナジー・メタルズ(4億ドル)など、他の重要鉱物関連案件への融資も個別に発表されている——ただし、これらを合算した「30億ドル超の投資パッケージ」の総額を確定できる一覧資料は今回確認できていないため、個別案件として扱う。Silaによれば、同社のシリコン負極材は最高性能の黒鉛負極セルと比べてエネルギー密度を最大20〜25%高められるという[R6]。ワシントン州モーゼスレイク工場の初期能力は年産2〜5GWh、将来は250GWhまで拡張できる設計とされる。ただし、中国が築いてきた黒鉛負極供給網全体に比べれば、なお小さな出発点である。「純度の堀を埋める」動きと「堀を迂回する」動きが、同じ2026年に並走している。

3. 日本の「細い中流」——点在する能力を産業基盤へ変えられるか

では日本はどこに立っているか。

日本企業が豪州や南米で鉱山権益を確保しても、それを電池グレードに加工する大規模インフラが国内にない。粗原料は一度中国の精製工場を経由して、水酸化リチウムや前駆体として日本へ戻ってくる。METIの資料も、三元系に不可欠な水酸化リチウムの精錬設備を中国に依存している点を明示してきた[R7]。

依存度の数字は出典系統によって幅がある。METI系資料の整理では硫酸コバルト100%、正極材前駆体97.5%、人造黒鉛92.6%、水酸化リチウム84.4%が対中依存とされ[R7]、JOGMECマテリアルフローでは水酸化リチウム輸入の中国比率69%、黒鉛は約89%とされる[R8]。数値の幅はあれど、結論は動かない——電池グレード化学品の中流で、日本は空白を抱えている

ただし、「ゼロからの点」は打たれはじめている。列挙する。

- 豊通リチウム(楢葉・福島): 豊田通商グループによる日本初の水酸化リチウム工場(2022年11月竣工)。アルゼンチン・オラロス塩湖由来の炭酸リチウムを原料に、国内で水酸化リチウムへ転換する。生産能力は年1万トン。上流のオラロス側は炭酸リチウム年4万2,500トンへ増強済みで、原料からの一貫供給網が国内転換を支える[R9]。

- JX金属: 廃車載電池からのリチウム回収率90%以上、かつカーボンフットプリント従来比40%減(同社の算定条件による試算)の新プロセスを2025年に公表。2026年度下期稼働をめざし敦賀で設備増強中[R10]。

- DOWA: 使用済み電池からNi・Co硫酸塩を回収し、正極材メーカーへの直販に向けた実証を2026年に開始[R11]。

- 三菱マテリアル: ブラックマスの湿式製錬による電池原料製造を事業化テーマとし、小名浜製錬所でパイロット設備を立ち上げている。これとは別に、日本化学産業も電池材料の再資源化についてJOGMECの支援を受けている——両社は共同パイロットではなく、JOGMECの別々の支援案件である[R8][R12]。

- 住友金属鉱山: 鉱山権益から製錬・正極材までをつなぎ、新居浜・播磨の国内拠点で硫酸ニッケルを生産する、日本企業のなかで「純度の堀」にもっとも近い中流プレーヤーである[R13]。

- 出光興産: 全固体電池向けで、二段の設備を並行建設中。①中間原料・硫化リチウム(Li₂S)の大型製造装置——千葉事業所内、2027年6月完工予定、製造能力は蓄電池3GWh/年相当(年産約1,000トン)。総事業費約213億円のうち最大約71億円をMETI「蓄電池に係る供給確保計画」の助成で賄う。②そのLi₂Sを原料に固体電解質を作る大型パイロット装置——2026年1月に最終投資決定・着工、年産数百トン規模、2027年中完工目標(施工は千代田化工建設)。製造した固体電解質を用い、トヨタとの協業で2027〜28年の全固体BEV市場導入をめざす(確定した供給契約ではない)。石油精製の硫黄ハンドリング技術の転用——既存プロセス産業が新しい中流へ転位する好例である[R14]。

- JOGMEC: 経済安保推進法に基づき約132億円を助成、日向製錬所の転炉新設によるニッケルマット生産開始を支援[R8][R13]。

日本の弱点を一言でいえば、個社の技術はあるが、連結された中流のスケールが細い。品質はある。価格・量・連結性が弱い。しかも現在のメタル価格では、リサイクル材が天然資源由来より高くつく局面があり、自然体では採算が立たない——METIの審議会でも助成の必要性が明示されている[R7]。ここが、次節で見る米中のプレーヤーとのもっとも大きな違いになる。

4. RedwoodとBrunp——「回収業」ではなく「中流業」である

米中で堀の内側に入りつつある二社を解剖する。共通点を先に言えば、両社とも「リサイクル企業」というより、高純度化と再投入まで含む中流プレーヤーである。

Redwood Materials((米・テスラ共同創業者JBストラウベル)は、回収・前処理・還元焼成・湿式精製から、負極用銅箔と正極活物質(CAM)の製造までを一社でつなぐ。規模がすでに違う。Redwoodによれば、同社は北米で回収・リサイクルされるリチウムイオン電池と関連材料の約9割を扱い、年間20GWh(EV約25万台分)相当を受け入れる。2024年時点で年3万トンを処理しており、6万トンへの増強計画を公表していた[R15]。北米唯一の電池リサイクル向け還元焼成設備をもち、サウスカロライナのCampus 2には35億ドルを投じ、最終的に年間100GWh分(EV100万台分超)のCAMと銅箔の生産を計画する[R15]。資金面はDOEの最大20億ドル条件付き融資、2021年に7億ドル超、2023年に10億ドル超の調達[R15]。

Redwood Materials ;media kitより

Redwood Materials ;media kitより

技術の中身は特許群から読める。総合回収、不純物除去と沈殿制御、リサイクル由来CAM前駆体の調整、そして塩分解によるLiOHと硫酸の工程内閉ループ化——つまり狙いは一貫して「ブラックマスを作ること」ではなく「電池グレードに戻すこと」にある[R15]。品質の証明がArgonne国立研究所の検証だ。リサイクル由来の金属塩から作ったNMC811正極材が、新品材と同等のサイクル寿命・容量・クーロン効率を示した[R15]。前駆体の設計条件のわずかなずれがセル性能に跳ねる世界で、「循環材でも電池グレードに届く」ことを第三者機関が確認した意味は大きい。商流はトヨタ(再生Ni 20%・再生Li 20%・再生Co 50%・銅箔100%再生銅の目標)、パナソニック、VW/Audi、Ford、BMWと接続する[R15]。競争力の源泉は回収量ではない。再資源化した金属を、認証済みの部材として売れることである。

さらにRedwoodは、堀の手前にもう一段の収益層を作った。Redwood Energy——EVとしては引退した電池(残容量5〜8割)を独自のパック管理技術で再構成するセカンドライフ事業である。AIインフラ企業Crusoeと組み、ネバダで12MW/63MWhのセカンドライフ・マイクログリッドを構築し、敷地内太陽光と組み合わせてAIデータセンターに給電する。2025年に稼働したこのシステムの稼働可能率は99.2%、系統バックアップを含むクラウド側の可用性は99.9%とされる。現在は4基から24基へ、計20MW規模のAI計算基盤を支えるシステムへ拡張中で、2026年4月にはUL 9540A第6版に基づく大規模火災試験のうち同システムに適用される項目を通過したと発表した——UL認証の取得やデフラグレーション試験のみの合格ではない点に留意する[R15]。使い終わった電池を即座に破砕せず、定置用として価値を絞り切ってから、隣のリサイクルラインへ入れる。回収→再利用→再資源化→再投入がひとつの敷地で閉じる。ここで重要なのは、電池の再利用とAIデータセンターの電力需要が、ひとつの事業モデルとして結びつきはじめたことである。この線は9月からの新パート「AIとエネルギー」で正面から扱う。

Brunp(邦普循環)はCATLの子会社であり、回収・二次利用・資源回収・前駆体・正極材・リチウム塩までを同一グループでつなぐ。年間27万トンの廃電池処理能力(将来100万トン構想)をもち、2024年実績で12万8,700トンの廃電池をリサイクルし、1万7,100トンのリチウム塩を再生。回収率はNi・Co・Mn 99.6%、Li 93.8%[R16]。知財の蓄積は2009年出願の廃LiB正極材回収特許(CN101555030A)まで遡り、CATL側は電池リサイクル国家標準の8割超の策定に関与したとし、Brunpは同分野の特許件数世界首位を主張する(企業発表を含む点は割り引いて読む)[R17]。LFPの大規模リサイクルを世界で初めて商業化したのもBrunpとされる。ここは強調に値する。前号までに見たとおりLFPはコバルト・ニッケルを含まないため、「高価金属を売って儲ける」従来のリサイクル経済が成り立ちにくい。それでも回るのは、CATLグループ内の巨大な製造スクラップと内需、つまり閉ループの規模と原料アクセスがあるからだ。

Brunp(邦普循環、CATL子会社 :PRNewswire配信のプレスリリースより

Brunp(邦普循環、CATL子会社 :PRNewswire配信のプレスリリースより

この経済性の壁への技術側の回答が「直接リサイクル」——正極材を金属塩まで分解せず、結晶構造ごと修復・再活性化する方式である。金属塩まで分解して再合成する工程を省けるため、コストとカーボンフットプリントの低減が期待される。ただし効果の大きさは、化学系、劣化状態、選別精度、工程設計によって変わり、一律の削減率として語れるものではない[R18]。元素の価値が低いLFPでは、「正極材という構造物」のまま回収することが循環経済の成立条件になりうる。

日本企業群との差は、技術水準ではない。スクラップ起点の統合フロー、実証済み品質、長期オフテイク、政策支援——この四点セットの有無である。

5. 曾毓群とトヨタ——見ている時計が違う

資源論をめぐる、いま世界でもっとも大きな論争を整理する。

CATL創業者・曾毓群(ロビン・ツォン)の発言は、実は二つの異なる場で、異なる強さのことを述べている。2024年1月のダボス世界経済フォーラムでは、リサイクル技術の進展により2042年までに中国はEV電池向けの新規鉱物採掘がほぼ不要になりうるとの見方を示した。一方、同年9月の世界新能源汽車大会ではより抑制的な数字を語っている——2042年には世界の電池生産の半分を再生リチウムで、残り半分を新規採掘で賄えるようになる、という見通しである。前者は「中国の新規採掘がほぼ不要」という強い主張、後者は「世界全体で半分は新規採掘に頼る」という穏当な主張であり、同じ発言の言い換えではない。いずれにせよ「新規採掘が一切不要になる」という意味ではないことは共通する。CATLは2023年に10万トンの廃電池を回収し、1.3万トンの炭酸リチウムを再生した。回収率はリチウム91%、Ni・Co・Mn 99.6%[R19]。米シンクタンクRMIの定量分析も方向は同じで、技術進展が続けば一次鉱物の需要は2030年代半ばにピークを迎え、2050年より前に鉱物需要の「ネットゼロ」が視野に入る。循環自立に必要な鉱物の累積採掘量は世界で約1.25億トン——道路交通のために毎年燃やされる石油の17分の1にすぎない、と試算する[R20]。

一方のトヨタ。掲げるのが「1:6:90」——BEV1台分の電池材料で、PHEV6台、HEV90台が作れる。移行期に採掘・精製の投資が需要に追いつかない以上、限られた材料は小さな電池に広く分散させた方が、社会全体の炭素削減は大きい、という配分の論理である[R21]。豊田章男会長は2024年、EV専一の移行は雇用喪失を招きうると警告し、BEVの世界シェアは3割程度にとどまる可能性に言及した[R21]。誤解のないよう付け加えれば、トヨタは「反EV」ではない。LFP・全固体への投資も国内電池生産基盤の強化も進めている。慎重なのは、EV一択で移行する速度に対してである。

短期のデータは、トヨタ側に立つ。三つ挙げる。

第一に、IEAの積算。2021年報告は、2040年時点でも電池リサイクルがCu・Li・Ni・Coの一次供給必要量を減らせるのは合計約10%とし、2024年版でも2040年の削減効果はLi・Niで15%、Cu・Coで30%にとどまる[R5]。

第二に、feedstockの不足——ただし、これは時間軸で反転する。IEAの「Recycling of Critical Minerals」(2024年)は、公表済みの計画がすべて実現すれば、2030年時点の世界のリサイクル能力は利用可能な原料(廃電池・製造スクラップ)の最大7倍に達すると示した。足りないのは処理能力ではなく、原料となる廃電池そのものである。ところが2030年以降、EVの本格的な退役が始まると関係は逆転し、2040年には利用可能な原料が現在公表されている処理能力を約60%上回る可能性がある——中国は自国内の原料に対してなお能力過剰が続く一方、欧米では2040年時点で公表済み能力が原料の30%しかカバーできない見通しである[R5]。つまり、短期の「トヨタの制約認識」(原料不足)と、長期の「曾毓群の像」(再生材比率の拡大)は、対立する二つの仮説ではなく、同じ時間軸上の異なる局面を指している。

第三に、投資の逆回転。米国の電池グレード炭酸リチウムの年平均価格は、2022年の71,100ドル/トンから2024年には14,000ドル/トンへ——2年で約8割下落した。この安値により、2024年には世界で多くのリチウム開発案件が延期・中止に追い込まれ、米国では既存かん水生産の休止が、豪州では主力鉱山の減産が起きた。それでも同年の世界鉱山生産は、先行投資の慣性——アルゼンチン・チリ・中国・ジンバブエの能力増強——で前年比18%増の24万トンに達している[R1]。つまり、いま起きているのは「生産の縮小」ではなく「次の投資の凍結」である。今日延期された案件の穴は、需要が再加速する2020年代末以降に、時間差の供給不足として現れる。循環が完成する前の移行期には、価格の乱高下が新規投資を止め、時間差でボトルネックを作る——いわば「死の谷」が横たわっている。

つまり、両者は対立しているようで、見ている時計が違う。曾毓群は2040年代の長期均衡を、トヨタは移行期の制約を見ている。どちらも自分の時間軸では正しい。誤りが生じるのは、長期均衡の論理で移行期を語るとき(「もう採掘はいらない」)と、移行期の論理で長期を縛るとき(「循環は当てにならない」)である。

ただし、日本にとって曾毓群発言には、ビジョン以上の意味がある。中国国内で都市鉱山のサイクルが完成するということは、中国依存から逃れようとする他国の梯子が外れるということでもある。しかも前節で見たとおり、中国はリサイクル技術の輸出まで管理下に置いた。循環の成熟は、放っておけば「純度の堀」をさらに深くする

6. 堀は越えられるか——三つの処方箋

答えを先に言えば、「部分的には越えられる。全面的にはまだ難しい」。

越えられる条件は四つ揃った領域である。(1)製造スクラップ中心で組成が一様、(2)需要家のオフテイクが先にある、(3)政策支援が初期の価格差を埋める、(4)対象を高純度化学品や限定部材に絞る。RedwoodのCAM認証、JXのリチウム回収率90%、DOWAの硫酸塩直販、豊通の水酸化リチウム、出光のLi₂S——いずれもこの「部分突破」の型に当てはまる。逆に、多様な廃EV電池を大量集荷し、複数化学系を一気に電池グレードへ戻し、レアアース分離まで代替する——これを短期にやるのは無理筋である。

制度の参照点として、EU電池規則(Regulation 2023/1542)を数値で見ておく。EUは再生材の最低含有率を、2031年8月18日から「二つの波」で義務化する。

あわせて、リチウムの回収効率目標を2027年末50%→2031年末80%に設定し、2027年2月18日からデジタル電池パスポートを義務化する——対象はすべての電池ではなく、LMT(軽輸送機器用)電池、2kWh超の産業用電池、EV用電池である。この規則はEU市場に投入される対象電池に適用される——EU市場に電池を投入する企業は、対象電池について材料構成・カーボンフットプリント・再生材比率・性能・デューデリジェンスなどの情報を管理・開示する義務を負う[R22]。乱暴に見えるが、設計としては合理的だ。需要側から義務を課すことで、再生材の買い手を制度が保証し、「純度の堀」を自陣側へ引き寄せている。CRMA(域内加工40%・リサイクル25%・単一国依存65%未満)、2023年の日米重要鉱物協定も同じ系譜にある[R23]。

そのうえで、日本への提言は三点に絞る。

第一に、元素別ではなく工程別に支援する。 「リチウムを確保する」ではなく「高純度精製・前駆体・LiOH・Li₂S・Ni/Co硫酸塩・磁石再資源化というC-D区間の工程能力を積む」。採掘権益への支援は既にある。空白は中流である。

第二に、オフテイク連動型に切り替える。 価格差補助の単発では品質投資が進まない。自動車・電池メーカーが再生材を中長期購入する契約とセットで補助を設計する。さらに言えば、単発実証で終わらせず、需要家・素材・製錬・回収の四者連結を条件に量産移行まで支援する設計が要る。EUが規制で作った「確実な買い手」を、日本は契約と支援設計で作るほかない。

第三に、「認証済み循環材」の市場をつくる。 電池パスポート、トレーサビリティ、品質規格、LCAを一体化し、再生材が割高な特注品ではなく標準品として流通する仕組み。日本にはウラノス・エコシステムという足場がすでにある(次号で詳述する)。

資源循環の地政学を左右するのは、回収量ではない。「戻した先の純度」と、「売れるかたちまで仕上げる中流」である。石油の時代、日本は原油を精製する製油所をもっていた。電池の時代にも、点在する「製油所」はすでにある。しかし、量・価格・顧客認証までつながった産業基盤にはなっていない。造る技術の有無ではなく、個社の能力を結ぶ意思と制度設計が問われている。その設計論を、来週の最終回で扱う。

三点要約

1. 電池資源の地政学の重心は、地下の鉱床だけでなく、都市鉱山・製造スクラップ・使用済み電池という地上資源へも移りはじめている。だが関門は回収ではなく、電池グレードへ戻す精製——「純度の堀」であり、中国はレアアース精製91%を握り、電池リサイクルの前処理・材料回収能力でも2030年時点で7割超を維持する見通しである。加えて統一管制清単と対日措置で輸出管理を恒常運用に法典化し、射程をリサイクル技術まで広げた。

2. RedwoodとBrunpは回収業ではなく、高純度化と認証済み再投入まで含む中流業である。Redwoodは北米市場の9割・年20GWhを受け入れてCampus 2で100GWh分の材料生産へ向かい、セカンドライフ電池でAIデータセンターに給電する新収益層まで作った。日本は個社技術はあるが、連結された中流スケールと需要側の引き取りが細い。

3. 曾毓群の「2042年に再生リチウム50%」論(世界新能源汽車大会)と、より踏み込んだ「2042年に中国の新規採掘ほぼ不要」論(ダボス)、そしてトヨタの慎重論は、長期均衡と移行期という時間軸の違いであり両立する。ただし移行期には、リチウム価格が2年で約8割下落し開発案件の延期・中止が相次ぐ「死の谷」が現実に出ており、日本の課題はこの期間内に「高純度再投入」を産業として成立させることである。

注目指標

- 中国:レアアース精製シェア91%/電池リサイクル前処理・材料回収能力は2023年時点で世界の8割、2030年でも前処理75%・材料回収70%を維持見通し[R5]

- IEA:公表済み計画がすべて実現すれば2030年の世界リサイクル能力は利用可能原料の最大7倍。2040年には逆転し利用可能原料が処理能力を約60%上回る可能性(中国は能力過剰継続、欧米は2040年時点でカバー率30%)[R5]

- USGS:電池グレード炭酸リチウム年平均価格71,100ドル/トン(2022年)→14,000ドル/トン(2024年)と約8割下落。開発案件の延期・中止が相次ぐ一方、2024年の世界鉱山生産は能力増強の慣性で前年比18%増の24万トン[R1]

- Redwood(自社発表):北米市場の約9割・年20GWh受入、Campus 2(35億ドル)で年100GWh分のCAM・銅箔計画(処理能力は2024年時点で年3万トン、6万トンへ増強計画)/Crusoe向けセカンドライフMG 12MW/63MWh・稼働可能率99.2%(クラウド側可用性99.9%)・4基→24基へ拡張中、計20MW規模のAI計算基盤を支える[R15]

- Sila:黒鉛負極(中国処理能力90%超)をSi/C複合材に置換。2026年7月民間3億ドル・8月米War Department最大14億ドル条件付き融資。モーゼスレイク初期年産2〜5GWh、5年後目標250GWh[R6]

- Brunp:処理能力27万トン/年、2024年実績12.87万トン・リチウム塩再生1.71万トン、Ni・Co・Mn回収率99.6%[R16][R17]

- EU電池規則(2023/1542):再生材最低含有率2031年8月18日(Co16%・Li6%・Ni6%)→2036年8月18日(Co26%・Li12%・Ni15%)、電池パスポート2027年2月18日義務化(LMT・産業用2kWh超・EV電池が対象)[R22]

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参考文献

本論で引用・参照した文献の一覧は、別ページ(Google Doc)にまとめています。

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喫茶去|緑の道

緑の道を歩く。今日も。かつては、愛犬と連れ立って歩いた道である。

大きなニュータウンの一角。航空写真で見れば、緑はところどころに散らばっているだけの、開発され尽くした街にしかみえない。けれども地上に降りて、舗装されていない木立の中の砂利道をたどれば、様子はまったく違う。池があり、森があり、車道をひとつも横断することなく、住宅地の合間を縦横に縫って、緑道はどこまでもつづいている。まるで、自然そのものの中を歩いているかのように。

かつては、犬のペースで歩いた。立ち止まって匂いを確かめたり、急に走り出そうとしたり。今は、自分のペースで歩く。すれちがうのは、思い思いのペースで犬の散歩やランニングをする人たち。ベンチでストレッチをしたり、池の畔で写真を撮る人など。途中には海外子女のための学校があって、そこへ急ぐ子どもたちが、歓声をあげながら追い抜いていく。その賑やかさが過ぎ去ると、緑道にはまた静けさが戻ってくる。子どもたちの声も、犬の足音も、いっとき道の上を通り過ぎてゆくだけで、道そのものは変わらない。賑わいと静けさが、ちょうどいい具合に混ざり合いながら、道はつづく。

緑道を歩きはじめると、頭の中で考えていたあれこれが、いつのまにか後ろへ退いていく。何を考えていたのかも忘れるくらい、ただ足だけが前に出ている時間がある。かと思えば、ふと新しい考えが浮かんでくることもある。都心の雑踏のなかのアスファルト歩道とはちがって、砂利や石段を踏みながら歩いていると、頭の中はおのずと自分に向かい、忙しくなったり、静かになったりをくり返す。

ところで、北欧の人はよく歩く。子どものころから、雨の日でも実によく歩く。北欧の友人宅に夕食に招かれると、食後は決まって、あたりの自然の中を1時間ほど連れ立って歩きながら話す。座って語り合うのではなく、歩きながら話すのが、あちらの流儀だった。それがいつのまにか、こちらの体にも馴染んだ。

日本に帰ることになったとき、どこに住もうかとあれこれ考えつつ探しているうちに、偶然、この緑道を見つけることができたのは幸運だった。北欧で身についた習慣で、今日も緑道を歩いている。

緑道:筆者撮影

緑道:筆者撮影

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【奥の間:文明の燭洞幾】マスクという文明史的事件——多面性、規模、加速度

「燭」はろうそくで暗闇の一点を照らし出すこと。「洞」は穴を貫いて深層を見通すこと。「幾」は『易経』の語で、変化の極めて微かな萌芽——肉眼には見えない転換の兆しを指します。「萌芽を照らし出し、深く貫いて読む」という知的営みを、この場でともに続けていきたいと思っています。

本論(広場)が「何が起きているか(What)」を論じる場だとすれば、奥の間は「なぜそうなのか(Why deeper)」を掘り下げる場です。エネルギー・文明・政治・AI・歴史——これらを縦横に使いながら、現在進行形の転換の深層を透視していきます。

今号の奥の間:マスクという文明史的事件——多面性、規模、加速度

2026年、マスクを主題とする書物の性格が変わった。2015年のアシュリー・バンスの伝記は、倒産寸前の二つの会社を救った起業家の物語だった。2023年のウォルター・アイザックソンの伝記は、すでに巨大になった権力者の内面を追う物語になっていた。そして2026年に相次いで出た書物は、もはや個人の伝記ですらない——クイン・スロボディアン+ベン・ターノフの新刊『マスキズム』は、ひとりの人間に「イズム」という接尾辞を与え、ひとつの体制として分析する[R1]。わずか10年余りで、この人物を扱う本のジャンルが起業家伝から権力論へ移動した。書棚のこの移動が、現実の側で何が起きたかを雄弁に要約している。

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