AIとエネルギー その4——AIは電力網の味方にもなる

AIは電力網の敵か、味方か。本論その4では、停電の短縮・送電容量の掘り起こし・新素材の探索という「味方」の顔を検証します。奥の間では、データセンターの接続を誰が決め、誰が費用を負担するのかを、米欧と日本の現場から読み解きます。今号からの新コーナー「今週目にとまった言説」(号の最後に掲載)は、日々モニタリングしている国内外の信頼できるソースからピックアップしたものです。
飯田哲也(イイダテツナリ) 2026.09.28
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【本号の要旨】

本論|「AIとエネルギー」その4では、AIが電力網を支える顔を検証します。故障検知による停電30〜50%短縮、送電線を一本も増やさず最大175GWを引き出す動的送電容量、風力の出力予測による資産化、そしてGNoMEやA-Labをめぐる新素材探索の速度と検証の速度——「敵か味方か」ではなく、時間軸によって顔を変えるAIの二重性を追います。

喫茶去|「AIで変わるもの(こと)」シリーズ最終回「意思、心、そして自分」では、朝4時の書斎で複数のAIに相談しながら文章を彫っていく過程そのものを綴ります。心が先に動くのか、意思がそれに従うのか——AIとの行き来のなかで、もとの自分とつくり直された自分の境目を見つめる回です。

奥の間|「エネルギー×AI④ 地域主権と接続の設計」では、データセンターの系統接続を誰が決め、誰が費用を負担するのかを検証します。米国FERCの規則制定、バージニア州の司法判断、ドイツの市民エネルギーとベルリンの住民投票、そして日本の昭島・印西の紛争や石狩・九州・横浜の解き方まで——「無条件の誘致」でも「拒否権」でもない第三の道を探ります。

今週目にとまった言説|新コーナーをはじめます。AIの知能コストが18か月で725分の1に下がった衝撃、蓄電池先進国オーストラリアでも再エネの半分が瞬間的に抑制される現実、中国NEVシェア65%の裏にある市場全体の縮小、イラン戦争がもたらした化石回帰と脱炭素加速という逆説、データセンターの電力をめぐる豪州連邦と州の衝突、米中AI対話メカニズムの発足——動きの速い6本を、ひと言のコメントとともに短く紹介します。

***

【本論】

ここまで三号にわたって、AIが電力を「取る」側の話をしてきた。爆発する需要、揺れる負荷、原子力への賭け。だが、AIにはもう一つの顔がある。硬直した電力網を動かし、次のエネルギー技術の発見を速める、道具としての顔だ。この二重性を単純化しないこと——それが本号の勘どころになる。

「AIは電力網の敵か、味方か」という問いは、たぶん立て方が悪い。短期には需要を押し上げ、中期には運用と予測と発見を通じて供給側の制約を緩める。同じ技術が、時間軸によって別の顔を見せる。順に見ていこう。

1. 停電を、短くする

まず、いちばん地味で、いちばん効く話から。IEAの2025年特別報告によれば、AIによる故障検知は、停電の継続時間を30〜50%短縮しうる[R1]。配電系統で、秒単位で故障区間を絞り込み、修理班を正確な場所へ送る。派手さはないが、需要が増えて系統が複雑になるほど、この「速く直す」能力の価値は上がる。AIが需要を増やすという話とは、別のレイヤーの働きだ。

この故障検知が効くのは、配電網に張り巡らされたセンサー群のデータを、人間が一件ずつ確認するには多すぎる量になっているからでもある。センサーの数が増えるほど、そこから異常のパターンを拾い上げる作業は機械学習向きの仕事になる——これはAIに限らず、統計的な異常検知の技術一般が持つ性質であり、AI固有の魔法というより、データ量の増大に対応した、機械学習と相性のよい役割分担だと捉えるほうが実態に近い。保護リレーなどルールベースの技術も引き続き重要な役割を担っており、機械学習だけがこの仕事を担うわけではない。

2. 送電線を一本も増やさずに、詰まりを解く

次は送電だ。従来の送電線は、真夏の無風といった最も過酷な条件を想定した固定の上限で運用されている。だが実際には、風や気温しだいで、その瞬間に安全に流せる容量は変わる。動的送電容量(DLR)は、気象やセンサーの情報を読んで、いま流せる正確な上限を算出する技術である。

IEAの試算では、DLRを含む高度化技術(遠隔センサーやAIを活用した系統管理など)を世界規模で広く適用した場合、新しい送電線を一本も敷かずに、既存のネットワークから最大175GWの送電容量を引き出せるという潜在効果が示されている。この175GWは、2030年までに見込まれるデータセンターの負荷増を上回る規模だ[R1]。建設に何年もかかる送電線を待つ代わりに、いまある線をより深く使う。これは、混雑という壁に対する、即効性のある処方箋である。

ここで一つ、表現を正確にしておきたい。DLRという技術そのものは、必ずしもAIを前提としない。気象データとセンサー情報から送電線の温度・たわみを計算し、動的な定格を算出するという発想は、AIが注目される以前から存在した。IEAが示す175GWという数字も、DLRだけでなく、系統トポロジー制御、動的な設備定格の見直し、需要側の応答などを組み合わせた「高度化技術」全体の効果である。AIが担うのは、この高度化を大規模かつリアルタイムに運用するための予測・最適化の部分であり、「AIが送電容量を生み出す」というより「AIを含む一連の高度化が、既存インフラの余力を引き出す」と理解するほうが正確である。

3. 既存の風車を、より使える資産に変える

古典的だが、力のある例がある。グーグル・ディープマインドは、米国中央部の700MWの風力に対して、風力の出力を36時間先まで予測するニューラルネットを走らせた。そして、その予測をもとに、前日のうちに系統への時間ごとの供給量を約束する。結果として、風力エネルギーの価値を約20%高めた——時間を指定した約束をしない場合と比べて、である[R2]。この数字はグーグル自身が2019年に公表した事例報告であり、独立した査読を経て再現された数値ではない点は留保しておきたい。

Google DeepMind "Machine learning can boost the value of wind energy" February 26, 2019

Google DeepMind "Machine learning can boost the value of wind energy" February 26, 2019

肝は、これが発電量そのものを増やしたのではない、という点だ。風は相変わらず気まぐれで、風車は同じだ。変わったのは、その気まぐれな出力を「予測できる、約束できる」資産に変えたことである。36時間という先読みのリードタイムは、電力市場の前日スケジューリングに合わせて設計されている——系統運用者が翌日の需給計画を立てる際、風力の出力を「不確実な変動要因」としてではなく、前もって予定を立てやすい電源として計画に組み込みやすくなる。予測誤差が縮まる分だけ、バランシングコスト(需給の誤差を調整するために必要な追加コスト)を引き下げる方向に働きうる。AIは新しい発電所ではないが、既存の風車を、より使える資産に変える。

4. 候補探索を、数十年から数週間へ

さらに長い時間軸では、AIは新素材の候補探索を速める。ただし、それがそのまま「発見」や「実用化」の高速化を意味するわけではない、という留保をここでも忘れないでおきたい。

マイクロソフトとパシフィック・ノースウェスト国立研究所(PNNL)は、AIとクラウド計算を使い、3,200万の無機材料候補を約80時間で最終候補23件まで絞り込み、そのうち18件が新規・未知の材料だった(残る5件はすでに知られていた物質)。実際に、その新規材料の一つとして見つかった電解質は、リチウムを大幅に減らした全固体電池として試作された[R3]。ここで区別しておきたいのは、「80時間」が意味するのは候補の絞り込みにかかった計算時間であって、その材料が実際に量産・実用化されるまでの時間ではない、という点だ。スクリーニングの高速化と、実用化の高速化は別の時間軸にある。

材料探索の分野では、もう一つ規模の大きな事例がある。グーグル・ディープマインドのチーム(Merchant, Cubuk他)は2023年11月、『ネイチャー』誌にGNoME(Graph Networks for Materials Exploration)という深層学習ツールを発表した。GNoMEは、従来の知見に対して安定と予測される結晶構造を220万件生成した。この220万件どうしが安定性を競合させた結果として、更新後の「凸包」——物質の安定性を判定する基準——の上に残ったのが約38.1万件で、これが最終的に「新しい安定材料」として報告された数である[R4]。この38万件のなかには、次世代のリチウムイオン電池向け固体電解質の候補528種類も含まれている[R4]。また、GNoMEの予測を無機結晶構造データベース(ICSD)の実験データと照合したところ、736件の構造が一致することも確認された——うち184件は、このプロジェクトが始まって以降に新たに報告された構造である。予測が完全に机上の空論というわけではないことを示す材料だが、「外部チームが検証のために合成した」という趣旨ではなく、既存・新規のデータベースとの照合による確認である点は区別しておきたい[R4]。

ただし、この成果には2025年末以降、査読の場で異論が出ている点も付け加えておく必要がある。化学分野の専門誌が2025年12月に報じたところでは、リバプール大学のKurlin氏らの研究チームが「結晶等長原理(CRISP)」と呼ぶ手法でGNoMEのデータベースを検証した結果、完全に一致する重複構造が1,224組、三つ組が43組、四つ組が1組見つかった。GNoMEの「安定」と判定された構造のうち1割以上が、既知の結晶とほぼ同一の重複構造ではないかとも指摘されており、論文の訂正ないし撤回を求める動きが出ている[R4a]。

この疑義は、GNoMEのデータを利用した関連論文——オートメーション実験施設「A-Lab」による自動合成の報告——にも及んだ。A-Labの原論文(2023年11月)は、17日間の稼働で58件の候補のうち41件の新規化合物を合成したと報告していたが、2026年1月19日、Nature誌はこの論文について正式な訂正(Author Correction)を発表した。

LBNL A-Lab

LBNL A-Lab

訂正の内容は三点である。ひとつは、「新規(novel)」という表現が「科学全体にとって未報告」という意味ではなく「GNoMEの予測プラットフォームにとって新しい」という限定的な意味だったことを明確化したこと。もうひとつは、X線回折パターンを人手で再解析した結果、当初の報告のうち4件は判定不能だったと修正したこと。そしてもう一点、化合物1件(Zn2Cr3FeO8)が訓練データに誤って混入していたことが判明し、目的物から除外されたことである。現在の論文本文は「57件の候補のうち36件を合成した」という数字に更新されている[R4b]。これは外部からの批判にとどまらず、著者と編集部自身による公式な訂正であり、AIによる材料探索の速度が上がるほど、重複判定や構造同定といった検証側の作業も同じ速度で追いつく必要があることを示す事例といえる。

AIによる材料探索が有望な方向であることと、個々の発表された数字を無批判に採用してよいことは別問題である——本連載の懐疑の姿勢を、ここでも崩さないでおきたい。

太陽電池でも、似た動きがある。香港理工大学などの国際研究チームによる自律ロボット探索の研究(2026年4月、『Engineering』誌)では、11台の相互接続されたロボットボックスが、レシピ言語モデルの指示のもとで50,764個のペロブスカイト太陽電池デバイスを製造・評価し、チャンピオン効率27.0%、認証値26.5%に達した——原論文で確認済みである[R5]。これは、これまで研究者の勘と経験に頼っていた試行錯誤のプロセスを、閉ループの自動実験に置き換えた事例だが、「人間の数十年分に相当する」といった定量的な換算を原論文が実証しているわけではないため、その種の比喩は使わないでおく。これらは今すぐ送電線を増やす話ではないが、電池や太陽電池の探索を速めることで、将来の供給制約を緩める回路になる。

香港理工大学などの国際研究チームによる自律ロボット探索研究 Conceptual scheme of materials intelligence. (IMAGE)

香港理工大学などの国際研究チームによる自律ロボット探索研究 Conceptual scheme of materials intelligence. (IMAGE)

5. 時間軸のパラドックス

ここまで並べると、AIの二つの顔がはっきりする。一方で、学習と推論の電力消費は、いま、この瞬間に現実の負荷として発生している。他方で、AIが助ける送電の高度化、再エネ予測、材料探索の便益は、数年から数十年の時間差をおいて効いてくる。

この非対称は、2026年に入ってむしろ広がっている。IEAが2026年4月に公表した最新の分析によれば、世界のデータセンターの電力消費は2025年に前年比17%増え、AI特化型のデータセンターに限れば50%増えた。2030年には世界全体で約950TWhへ倍増する見通しで、これは日本の現在の国全体の電力消費に近い規模になる。単位あたりの効率は年々大きく改善しているが、利用量そのものの拡大がそれを上回っている、というのがIEAの見立てである[R6]。

これが時間軸のパラドックスだ。将来の技術的なブレークスルーを担保にして、いま直面している需要増と排出を免責することはできない。逆に、目先の需要増だけを見て、AIが供給側にもたらす緩和を無視するのも、像を半分しか見ていない。だから、この号の結論は「敵か味方か」ではない。短期には需要を押し上げ、中期には運用・予測・発見で供給側の制約を緩める——その時間差そのものを、どうマネジメントするか。

この時間差をマネジメントする制度的な受け皿は、まだ十分に整っていない。停電短縮やDLRのような「いま効く」対策は既存の系統運用の延長で導入できる一方、材料探索のような「数年後に効く」対策は、研究開発投資の継続と、実証から量産への橋渡しという別の政策領域に属する。この二つを同じ「AIは電力網の味方」という一文でくくると、政策の設計図としては粗くなる。次号で日本の現場を見る際、この「即効性のある対策」と「時間差のある対策」の区別を持ち越しておきたい。

6. そして、次の問いへ

AIは電力を取り、同時に電力網を助ける。世界の一般論としては、ここまでで像が立つ。だが、この連載の最後は、一般論では終われない。舞台を日本に移す必要がある。

島国で、東西で周波数が異なり、急峻な地形と地震を抱える日本の系統は、世界の潮流とは別の制約に直面している。問題は全国の総量ではなく、特定地域・特定変電所への集中だ。次号「その5——日本の現場、立地と制度」では、石狩・九州・横浜の実例と、接続審査を多層化する制度設計へ入る。連載の着地点である。

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参考文献

本論で引用・参照した文献の一覧は、別ページ(Google Doc)にまとめています。

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喫茶去|意思、心、そして自分 —— AIで変わるもの(こと)シリーズ

このシリーズでは、AIによって顕微鏡と望遠鏡を同時にもつような感覚を書いた。文章を書くことは糸を紡ぐ作業から彫刻へと変わり、本は耳でも聴くようになった。そして前回は、考えることそのものの下書きをAIに預ける話を書いた。仕事の範囲、書くこと、読むこと、考えること。話題は、少しずつ自分の内側に近づいてきたことになる。

シリーズを閉じる回は、「意思」か、「心」か、あるいは「自分」か。自分のもっとも内側にあるものについて書こうとは決めていたが、どこから手をつけるか、複数のAIに相談してみた。

いくつかの案が返ってくる。ある案を読むと、ふと指がとまる。別の案は、よくできているのに、なぜか読み流してしまう。ただ、どれもそのままではしっくりこない。手を入れたりコメントを添えたりして、AIに戻してゆく。コーヒーを飲みながら、何度かそれを繰り返す。

以前、文章を書くことを彫刻にたとえた。今朝は、文章を彫っているつもりで、彫っている自分自身も、少しずつ彫り直していたのかもしれない。

残すか、削るか。そう決める前に、まず「何か違う」という感覚がある。ところが、手を入れてみて、はじめて「このほうがいい」と感じることもある。心が先に動いて、意思がそれに従うのか。選んでみてから、心が追いついてくるのか。その順番は、思ったほどはっきりしない。

今朝の判断は、机に向かってひとりで考え抜いた結果というより、AIとの行き来のなかで、少しずつかたちになっていった。しっくりくるという感覚さえ、もとから自分のなかにあったのか、やり取りのなかで生まれたのか、いまはもうはっきりしない。

自分の考えを確かめているつもりで、その考え自体を、少しずつつくり直しているのかもしれない。どこまでが、もともとの自分で、どこからが、この行き来のなかで生まれた自分なのか。窓の外にある夜と朝の境界のように、その境目を、もう少し見きわめてみたい。

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【奥の間:文明の燭洞幾】エネルギー×AI③——味方としてのAI、あるいはメタ技術としての知性

「燭」はろうそくで暗闇の一点を照らし出すこと。「洞」は穴を貫いて深層を見通すこと。「幾」は『易経』の語で、変化の極めて微かな萌芽——肉眼には見えない転換の兆しを指します。「萌芽を照らし出し、深く貫いて読む」という知的営みを、この場でともに続けていきたいと思っています。

本論(広場)が「何が起きているか(What)」を論じる場だとすれば、奥の間は「なぜそうなのか(Why deeper)」を掘り下げる場です。エネルギー・文明・政治・AI・歴史——これらを縦横に使いながら、現在進行形の転換の深層を透視していきます。

今号の奥の間:エネルギー×AI③——味方としてのAI、あるいはメタ技術としての知性

前号では、AIが電力を食う主体であるだけでなく、電力網を賢くする主体にもなりうることを見た。だが、その最適化がもたらす便益を誰が受け取り、その費用を誰が負担するのかは、技術そのものが答えてくれる問いではない。そこから先は、正統性の問題である——誰が決定する権限をもち、誰がその理由の説明を受け、誰が異議を申し立てられるのか、という問いである。

今号は、この問いが実際にどう争われ、どう制度化されつつあるかを見る。米国では規制機関と裁判所が、欧州では自治体と協同組合が、そして日本では系統運用者と自治体と住民が、それぞれのやり方でこの問いに答えようとしている。

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